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「人は変われば変わるものだな」
いつの間にか現れた将軍は、相変わらず気配を悟らせることなく、彼女の隣に並んだ。ルーウェリンナもそれには慣れたもので、文句の一つ言わずに、茶目っ気たっぷりに微笑む。
「あら、人のことは言えなくてよ?ヴィルヘルム」
「藪蛇だったか」
「ふふ」
「それにしても、相変わらず弁が立つな」
「ふふ、でなければ、あの子を泣かせてしまった私の立つ瀬がないもの」
「…彼女は元気にしているか?」
「高々、数日で変わるはずもないでしょう?それこそ、王妃たちにとても大切にされているのだから」
ほっと息を吐くヴィルヘルムに苛立ちはみられない。寂しそうだというのが一番近いか。
「罰は効果覿面のようね」
「間違いないな。早く会いたいよ」
王から事の顛末を聞いた王妃は怒り心頭だったと言う。それは相当のもので、落ち着かせるのにフェリージアまで駆り出されたほどだ。しかし話を聞いた女性陣は、結局、全員王妃の味方になって、誰ひとりとして、リュクレスを将軍の元に返すことを許さなかった。会うことすら、許されなくなったことに、ヴィルヘルムは腹を立てることなく、粛々とその罰を受け入れたのだ。
結果として、彼女を囮に使った形になったことに対して、誰より心咎めていたのは、彼自身なのかもしれない。
「彼女が恋愛に疎く、加えて優しい子で良かったわね。あなた、男としても人間としても最低だったのに、彼女だけが怒っていないのだから。これからは、もっと、ちゃんと考えてあげてね。あの子に我慢させることがあれば、きっとまた取り上げるから」
「流石に学習した。女は怖いな」
「あら、リュクレスも女よ?」
「……」
「あまりな事をして、他の男性に横から攫われないように注意しなさいな。本人には自覚ないようだけど、彼女に恋をしている騎士は多そうだもの」
「俺が、簡単に奪わせると思っているのか?」
「さぁ?けれど、あなたよりも彼女を大事にすることができる男性であるならば、周りが応援するかもしれないわ。それにあの子だって絆されるかも」
愛想を尽かすならとっくに尽かしているだろう。実際にリュクレスがヴィルヘルムから心を移すとは思っていないが、男に反省を促すためにはちょうど良い。
「…努力する」
「そうしてちょうだい」
清々しい表情で微笑み、ルーウェリンナは軽やかな動きで、ヴィルヘルムへと向き直った。
「彼女は何も持っていないかもしれない。けれど、与えられたなにかではなく、彼女の全てでおいて貴方を守ろうとしている。誰にでも出来そうで、できないことだわ」
「…あの子は何も持っていないわけではないよ。たくさんのものを彼女自身の力で手にいれているから」
敬意を持って親愛という名で繋がれた人とのつながり。
教会から与えられた称号もそうだ。
彼女を守るものたちは、彼女だからこそ守りたいと思ったのだから。
「確かに、そうね。私もあの子なら守ってあげても良いと思いましたもの」
ヴィルヘルムの結婚話から波及した、平民と貴族のあり方を問う物議。
国が変わろうとしている。
その風を肌で感じ、ルーウェリンナはどこか高揚する自分を笑って受け入れる。
何を持って貴族を高貴というのか。
身分の差は、生まれた場所の差でしかない。
特権に応じた責任を果たさないのであれば、むしろ、見下されるのは貴族の方だろう。
奴隷の暴動に周囲の国が揺れる今、国民を虐げれば、それは奴隷でなくとも暴動に繋がる。王が、領主がいるからこの領地は安心して生活できるのだとそう思わせる国でなければ、国が傾く。
今ではないにしても、いつか。
だからこそ、彼女のような者を大切にできる王や将軍がいるこの国が、ルーウェリンナには誇らしい。
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この後、正式に冬狼将軍の婚約が発表される。
国の守護者の結婚という明るい知らせに、国内の多くの人々が歓喜に沸いた。
冬狼将軍が愛し、選んだのは市井の娘だった。
彼が望んだのは、地位でも権力でもなく、一途な愛。
ふと、顔がほころんでしまいそうになるのは、英雄の人間らしさだったのかもしれない。
それは、素直に彼らを祝福したくなるだけの力を持っていた。
会ったこともない将軍とその婚約者に、幸あれと。
まだ、厳冬のオルフェルノで。
将軍とその婚約者を言祝ぐ優しい言葉は、国内の至る所で響き渡り。
まるで、一足先にやってきた春のように、狼の護る国は暖かな空気に包まれた。
どこから聞き及んだのか。はたまた、創作か。
冬狼将軍と花のような娘の物語は、間を置かず、吟遊詩人の甘い歌声で恋物語として語られるようになる。




