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「将軍が何故私を呼んだのか、お分かりになりませんか?貴方方に選ばせる気なのですよ?今のままであれば諮問議会の継続は許され、大貴族たるあなた方の意見に将軍も王も耳を傾けるでしょう。しかし、これ以上、将軍に権力を集中させるのであれば、彼は貴方たちの意見を聞く必要がなくなる。私を選ばせて、己の立場を失うか、それとも、彼女を選ばせて共にこの国のために尽くすか。自分の利益にばかり固執していた者たちは、全て権力を失い、今ここに残るのは、差はあっても、この国を良くしたいと思った方々のはずでしょう?
…さて、どうされますか?」
悠然とそこに佇む魔女のような女性に、ぎりぎりと歯ぎしりをする男は、言い返すことができない。
代わりに、何食わぬ顔をして隣に立つ男に食ってかかる。それはまさに八つ当たりであった。
「フレイシュラ伯!貴殿からも何か、反論はないのですか!」
「ありませんな」
その返事はにべもない。
それがまた気に入らないとばかりに、男は更に眦を吊り上げた。
「貴殿が公女に取り入り、公女と将軍の結婚を画策していることを、私が知らないとでも思っているのですかっ?!」
近距離で叫ばれ、フレイシュラと呼ばれた男は顔を顰めた。これでは完全に足の引っ張り合いである。低俗になりつつあるその場のやりとりに、ルーウェリンナも呆れを滲ませている。
同様の顔をした彼も、そろそろ場を収めなければ収拾がつかなくなると感じたのだろう。やれやれと首を振り、冷静に言葉を返した。
「取り入ろうとは思っていない。ただ、今後フメラシュとの関係を強化するのであれば、彼女との関わりは使えると思っていただけだ。無駄だったがな。これ以上貴賎を問い、エルナード公の言うようなことになれば、それこそ、私には都合が悪い。将軍の望む結婚を反対する必要性を感じないのだがね」
「貴殿まで…!」
「自分がしていると気がつかないものだが、人を蔑み、貶める行為は傍で見ていて気分の良いものではないのだよ。それこそ、カフェリナの貴族がその遺体すら無事では済まなかった理由がなんとなしに理解できた」
「…!」
「私は、ああはなりたくない。ならば、高貴なる義務とやらを果たすべきだろう?そして、相手である領民たちを尊重することを覚えなくては」
「平民風情を敬えと?」
「我らはその上に胡座をかいているのだ。我らを支える力を彼らは持っていると、私もようやく気がついた。つまり、言い換えれば、彼らには我々を引き摺り落とす力があるということだ。さて、乗せてもらうか、落とされるか。そう思えば、もう少し彼らのありがたみも理解できるのではないかな?」
「……」
「将軍にこれ以上権力を預ければ、我らの居場所は中央からなくなる。領地に戻れば、領民に反旗を翻されないか怯えるなど、私は御免だ」
その、彼の言葉が決定打となったのだろう。
その場にいた貴族たちは反発する気概を失い、一人また一人と部屋を出て行った。
「意外でしたわ。あなたが、あんな事を言うなんて」
最後に部屋を後にしたのは、ルーウェリンナとフレイシュラ伯爵の二人だった。
どことなく、肩の力の抜いた伯爵は彼女の言葉に気を悪くした様子もなく、前を見て歩きながら飄々として嘯いた。
「野望がなくなったわけではないですが、綱渡りをするには私も少々歳を取り過ぎたのですよ」
「嘘ばっかり。何か、心変わりすることがあったのですか?」
ルーウェリンナはまともに取り合わず小さく吹き出すと、真実が聞き出そうと好奇心に瞳を輝かせた。怖い女性なのに、こういうところが彼女の憎みきれない所以なのだろう。
男はふとそんなことを思い、苦笑する。
自分が変わるきっかけなど、些細なものだ。
彼は足を止め、ルーウェリンナに向き直った。
「何、届かぬ上ばかりを目指すその熱を、他の方向に向けただけですよ。先日、フメラシュの侍女に平民も奴隷も皆同じ、家畜とかわらないと言われたのが、思いのほか、衝撃でしてな。…そこまで、国民を蔑ろに思うことは、私にはできなかった。ならば、誰が見ても、そんな風に思うことのないくらい、高い教育、高い生活水準、王の言った安穏とした暮らしを彼らがおくれるようにしてみせると、負けず嫌いに火が付いたのですよ」
まるで、子供の喧嘩でも話すような口調で彼が言い、ルーウェリンナは朗らかに笑い声を零す。
「ふふ、よかった。私が幼いの頃のあなたは正義感に強い方でしたのに、いつの間にか中央の悪い慣習に染まってしまったから…残念に思っていましたけれど。三つ子の魂百までといいますもの、変わらないのね」
「…遅咲きですが、良き領主となるよう、良き施政を助ける力になれるよう尽力いたしましょう。久しぶりに、楽しいのですよ。…そうですね、私はようやく自分のしたかったことに目を向けることができたのかもしれません」
その笑顔は、憑き物が落ちたようにすっきりとしている。
丁寧な一礼を施すと、彼は静かに去っていった。




