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「まあ、こんなところで内緒話ですの?」

「!」

額を突き合わせるように密談をしていた男たちは、いきなり届いた女の声に慌てて顔を上げ、振り向いた。


美しい金髪に、気品のある美貌。

優艶なる柔らかな身体に纏った、スレンダーラインのすっきりとした青藍のドレス。

光沢のあるスカートは彼女が僅かに身動ぎをするだけで、せせらぎのように揺らめいた。


「エルナード公!どうしてここに…」

動揺を隠しきれない男たちに、ルーウェリンナは艶やかに微笑んだ。

「ふふ、少し前の御前会議であなたたちが納得をされていないのは明らかでしたもの。私だけでなく王もあなた方の行動はお見通しでしょうね?」

「…なぜ、会議の場のことを貴女が知っているのです?」

「まぁ、それを私にお聞きになるの?」

おっとりと、頬に手を当てるルーウェリンナに、彼らは沈黙した。


オルフェルノの影とも言える諜報機関『狼の盾ランドルフ』。

その責任者である彼女に、その問いかけは愚問でしかない。


すでに彼女の監視下であるならば、密会がばれないはずもない。ルーウェリンナが現れた理由を正しく悟り、彼らは何も言葉にできなくなる。

ここにいる誰もが一つや二つ口にされては困る秘密を握られているのだ、誰も彼女には逆らえない。

それでも、安い脅迫を彼女がすることはないと知っている。どこか歪な信頼関係の上に彼らの関係は成り立っていた。

「将軍は辺境伯、立場のある男が孤児などと結婚することを見過ごせるはずがない。貴族は貴族同士での婚姻を結び、結束を深めるべきだ。平民などを迎え入れ、無学なその娘が立場も弁えず、奢ったらどうされるおつもりか」

「あら、それならば、貴族の娘でも同じことでしょう?渦中の公女でさえ、高貴な血筋だというのに思慮不足を指摘されていたではありませんか」

ぐうの音も出なくなった男に、ルーウェリンナは含み笑いを浮かべると、手袋をつけた繊細な細い指先を、形の良い唇に当てた。

「それに、よろしいの?彼に貴族がふさわしいなどと…自分の娘を与えて自分の発言力を増したいと考えていらっしゃるのかもしれませんけれど、彼が、地位や身分に執着する男でなくて、良かったのはあなた達でしょうに」

「彼に、権力を独占する機会を与えることになると、そう言われるか」

「わかっているではありませんか。彼が貴族を選ぶのならば、相手は私でしょう。私は彼の力になれるだけでなく、王家との結びつきさえ与えられる。女としても極上ですもの。ふふ、あなたの娘に私に勝てるものがお有りになって?」

自分の娘であっても、目の前で婉然と微笑む女性に勝てるかと聞かれれば誰も、返事が出来ない。ルーウェリンナの自信は、根拠のない自信ではないからだ。

「ではその娘には貴女に勝てるものがあるというのですか?」

苦し紛れに、一人の男が言った。

ルーウェリンナは確かに完璧な女性だ。しかし、将軍が選んだ娘と比較するならば、自分の娘たちにも勝機があると思ったのだろう。


それこそ、勝ち目などあるわけがないのに。


ふふふと、ルーウェリンナは美しく微笑んだ。

妻子のある彼らをも魅了してしまうその微笑みに、誰もが息を呑む。

「将軍をただの男として幸せにすることができ、将軍にこの国を守る理由を与えられること、かしら?私にはできないわ。あなた方の娘にそれが出来て?彼女を彼から奪うことは、この国が冬狼の加護を失うことと同義、と知りなさい。あの娘は、将軍にとって、この国の平和の象徴。それを教会さえ認めたのだから」


大司教がリュクレスに与えた『蒲公英』ダン・ド・リオンの称号が、それを物語る。

王が大司教から賜った文書。それは今、ヴィルヘルムの手元にある。

ヴィルヘルムを一途に思う彼女への、教会からの贈り物。

それは、平穏に微睡む冬狼の隣にあって、田園の信託とも言われる野の花。


「わが国の守護獣は、権力も、財も求めず、ただ平和なまどろみを求めた。その名を与えられた将軍が、同じようにその花を求めたのも神の思し召しかもしれませんね。貴族や、王家が、反乱で倒される動乱の今。市井の娘を愛した将軍を、国民は歓迎するでしょう。それを認めた王も。国を、王家を支えるのは国民であると、王はご存知です。だからこそ、この国に反乱の影はない。ですけれど、領地によっては、決起する者たちがいてもおかしくはありませんよ?農奴のごとく国民を扱えば、彼らは貴族を高貴なる者と尊ぎ仰ぐことはないでしょう。今後もこの国を彼に護らせたいのであれば、この結婚に対して意義は申し立てないことですわ。国王夫妻、私。アスタリア…ふふ、これだけの王族不興を買うことになるだけでなく、教会をも敵に回す、その覚悟はおありかしら?」


何も持たないと言う娘が、これほどのものを動かしている。


周囲の者が動いた結果かも知れない。だが、彼らを動かしたのは間違いなく彼女だ。

まだ、屈しない大貴族をルーウェリンナは可笑しそうに見つめた。

矜持が折れるまであと少し。


ルーウェリンナは最後のことばを振るった。








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