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(初めて助けてもらった時、みたいだ)


…助けに、来て、くれた。

場違いなほどの感嘆が、リュクレスの心を大きく揺さぶった。

あの時は目を閉じている間に全てが終わっていたけれど。

今、リュクレスの瞼は閉じられることなく、眼前で起こる全てをその瞳に写していた。


剣は、リュクレスには届かなかった。


男が襲いかかろうとした直後にはヴィルヘルムは動いていたのだ。

振り下ろされる前に大剣は、ヴィルヘルムの剣に一撃で弾き飛ばされ、たたらを踏んだ男は、体勢を立て直す暇も与えられずに、容赦なく鳩尾を蹴り飛ばされた。細身の将軍から繰り出されたとは思えないほどの勢いで吹き飛んだ身体は、後ろに居た他の騎士に受け止められるが、既に男に意識はない。

「よくも我らの仲間をっ」

色めき立つ騎士たちを、冷酷な気配を滴らせたヴィルヘルムが灰色の目を眇めるだけで黙らせる。そして、剣を構える男たちをあっさり無視して、リュクレスに向き直った。

「リュクレス、目を閉じていてください」

魔法みたいにいとも容易く、低く優しいその声がリュクレスの瞼を下ろさせる。

何も見えなくなる不安。

それは、ヴィルヘルムの行動を邪魔したくなくて、伸ばすことのできなかった手を、彼がその片手で包み込んでくれた時点で消え去った。

「っ!」

少し離れたところで、息を飲む音。声にならない、誰かの悲鳴が聞こえてくる。

「馬鹿にするなっ!卑怯者めっ。それが騎士の戦い方かっ」

そして、どこか狼狽えたような怒りの声が、ヴィルヘルムたちを詰る。

小馬鹿にしたように、鼻で笑う声が聞こえた。

(チャリオット様…?)

その声にいつもの明快さはないけれど、多分間違っていない気がする。

「戦場において正々堂々などと言っている者は、とっくの昔に墓の中です。それに、か弱い女性相手に大勢で剣を向けたお前たちに卑怯者だなどと言われたくはないな」

凍りつきそうな程冷ややかな声で、ヴィルヘルムが嗤う。

「その娘こそ諸悪の根源っ、姫を不幸にする悪女だと、どうしてわ、がっ…」

どすっと重たくて鈍い音がして、まくし立てていた男が途中で静かになった。見えていなくても、それが強制的に沈黙させられたのだとわからないはずがない。

リュクレスの心臓をひやりと冷たいものが撫でた。

鼓動はばくばくと打ち付けるのに、冷たいものが身体を支配して凍えそうになる。

暴力的な行為にどうしても怯えの走る身体は、彼らの悲鳴ひとつにも反応してしまって、その度にヴィルヘルムが宥めるように繋いだ手を強く握り締めた。

それでも、しゃがみこみそうになる身体を、ヴィルヘルムが優しく抱き止める。


「もう、目を開けていいですよ」

反射的に顔を上げれば、優しい顔で、ヴィルヘルムが困ったように微笑んでいた。

「ヴィルヘルム、様」

ただ、名を呼ぶ。


何を言えばいいのか、何が言いたいのかも思いつかず、リュクレスはゆっくりと周りを見回した。

人気のなかったはずの庭の中には、いつの間にか見知った衛兵や近衛騎士達がたくさんいて、どこか驚いたような視線をこちらに向けている。彼らの隙間から、引き摺られていく男たちが見えていて、彼らと同じ制服を来た騎士たちが苦い表情で、リュクレスと同じように、その後ろ姿を見送っていた。その姿が視界から消えると、彼らの視線もリュクレス達に向けられる。

遠慮がちでありながら、そこには隠しきれない興味が顔を覗かせていた。

すぐ傍にいたチャリオットが、いつものように朗らかに笑いかけてくる。

「相変わらず、仲良しだね」と笑う顔は、きっと、さっきとは全然違う顔なんだろう。

「怖がらせてしまいましたね」

リュクレスの戸惑いを知るかのように、ゆっくりとヴィルヘルムがそう言った。

「すまない。君を守ると言っておきながら、君に甘えて怖い目に合わせた。そのくせ、終わった今になって、もっと違う方法を選択するのだったと、後悔ばかりしているのだから…。狡いな、俺は」

周囲を気にすることなく、とても不安そうに、彼はその大きな掌でリュクレスの頬を包んだ。

いつの間にか剣は仕舞われて、その両手はリュクレスのためだけに使われている。

リュクレスは声にならない言葉に代わりに、懸命に首を振った。


自分に剣を向けられたことはとても怖かった。

でも、ヴィルヘルムが守ると約束をしてくれていたから。

こうして襲われることも、先に可能性を示唆してくれていたから、それほどに混乱することなく受け止めることができたのだ。


公女と遭遇したリュクレスが、反省も生かさず、いつものように行動していたのは意図的なもので、無警戒だったわけじゃない。


これは、ヴィルヘルムの張った罠だった。











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