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いつも通り、花を温室に取りに行った、その帰り道のこと。


「リュクレス、というのはお前のことか?」

いきなり、背後から居丈高に声を掛けられて、リュクレスは驚いて振り返った。そこに立っていたのは見慣れない制服を着た男たちだった。

距離にすれば、果たしてどれほどだろう。

随分あるようにも感じるが、一瞬で詰められる距離のような気もする。

相手の高圧的な雰囲気に、リュクレスは身構え、後ろににじり下がった。

刺すような視線に、周囲の空気が一気に張り詰める。

そんな中、両手に持った花束が視線の片隅で、場違いなほど美しく華やかに揺れているに気づいたら、頭の中がどこか冷静になって、今の事態をゆっくりと把握し始めた。


彼らは多分、フメラシュの騎士たちだ。…ならば、命じたのはアリューシャ殿下。

昨日の今日と、行動が加速化してきているのは、それだけ彼女の我慢が限界に近づいている、ということなのだろう。

またもや温室からの帰り道なのは、それくらいしかリュクレスが外に出ることがないから。


それは、ヴィルヘルムの言っていた通りだった。

「王城の中では、近衛騎士たちがいる。狙うのであれば、庭園でしょう。いつも通り行動してください。必ず何か仕掛けてきますから」

ヴィルヘルムの声が耳の奥に甦る。




「返事がないのは、肯定と取る。お前が、悪辣な女狐であることを我らは知っている。殿下を冒涜し、悲しませた罪、その身で償え」

返事をしないリュクレスに焦れたのか、男は苛立ったように吐き捨て、剣の柄に手を伸ばした。

躊躇いなく鞘から剣身を引き抜かれ、鞘を滑る音とともに、抜き身の刃が怪しく閃く。

その冷たい輝きに、冷静に分析が出来ていた思考が、止まった。

向けられた切っ先から目が離せない。離した途端にすぐ目の前までそれが迫ってくるような気がする。

それでも、何もしなければ、それこそ命を奪われるだけだ。

自分を懸命に説得し、リュクレスはぎこちなく視線を走らせた。

イチイの垣根が死角となり、ここからでは宮殿が見えない。

南の庭園の場所で言えば丁度真ん中辺り、水の散歩道からまっすぐ来た当たりだから、男たちが刃物を振り回す広さは十分ある。

そして、衛兵たちの巡回も把握しての行動なのだろう、彼らがやって来る気配はない。


だが、目の前の騎士たちの行動が、予測の範疇であるのならば。


…ヴィルヘルムは、どこかにいるのだろうか。

リュクレスにはその気配を察することはできないけれど。

…大きな声を上げたなら、届くだろうか。

彼らの目は、初めから、リュクレスを生かして帰す気はない。

実際、走ることの出来ないリュクレスでは、きっと逃げ切れはしないだろう。間違いなく、その刃はこの身に届く。

昔、足を切りつけ、止めを刺そうと剣を振りかぶった男の記憶が甦って、思わず身体が震えた。

同じ目を、彼らはしている。

初めは燃え盛る怒りを、それから蔑むような色を浮かべて、今は、そう。

怯える獲物を弄ぶ残忍な目だ。

「覚悟しろ」


そう言われても、はい、なんて言えない。

リュクレスは、勢いよく首を振って、あらん限りの大きな声で叫んだ。


「嫌ですっ!」


男の形相が変わった。

罵声が飛び、剣の柄を両手に握り変えた男が駆け出してくる。

何を叫んでいるかなんて、わからなくて。

考えている余裕はなかった。


逃げなくちゃいけないのに、足が竦んで動けない。

それでも、どこか負けたくない思いで彼から目を離さなかった。


だって、何も悪いことはしていない。

リュクレスは、ただ、ヴィルヘルムが好きなだけだ。

例えアリューシャ殿下がヴィルヘルムのことを好きだったとしても、この心は、変わらないから。

何があっても、好きでいさせて欲しいと、自分が望んだことだから。

それは、リュクレスにとって、絶対に譲れない想い。


振り上げられた剣に、リュクレスはただ、懐に抱いた花を抱きしめる。












―――その、瞬間。










「させませんよ」


静かでありながら、何処か怒りに満ちた声が、すぐ近くで聞こえた。

視界を遮るように大きな背中が目の前に現れ、刹那。

ギィンと鈍い音が、空へと高らかに響き渡る。

姿勢の良い、綺麗な背中。

陽光に明るく染まる紺青の髪。この国の、守護神。

「必ず守ります」と、その約束通りに。

男が、リュクレスを守るように、彼らとの間に立ち塞がる。


刷り込みのようにリュクレスの中から消えない憧憬と、切ないほどの歓喜が押し寄せて。

声もなく、リュクレスはひと雫、涙をこぼした。


とても大切で、とても大好きな将軍様が、目の前に居た。










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