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許せない。何故、彼女が守られているのか。

誰からも守られ、大切にされるべきはアリューシャのはずなのに。


わなわなと震える身体。経験のない嘲笑に沸騰しそうな頭。

部屋に戻ったアリューシャは、湧き上がるいらだちに耐え切れず、侍女たちの反対も押し切って、直ぐ様親衛隊の騎士たちを呼び寄せた。フメラシュの宮廷でアリューシャを守る騎士たちだ。護衛騎士としていつも傍にいることを許したのは見目の良い金色の騎士だけだったが、アリューシャを守る騎士は他にもいるのだ。


(私の言うことを聞かない騎士などいらない)


魔法使いと呼んだ侍女は戻って来ない。

どこか浮き足立ち、不安を口にする他の侍女たちには、アリューシャの望みを叶える力はない。

目の前にちらつく、あの娘の姿。

彼女に感じるのは、じくじくと痛みを持つような不快な熱。

自分が誰より特別だったアリューシャにとってそれは、初めて生じた感情だった。

リュクレスを守ったソルの存在もルーウェリンナの存在さえ、今のアリューシャには映らない。


彼女を支配するのは、鮮烈な怒り。


脳裏から消えない、藍緑の眼差し。

顔を伏せることなく、その目が真っ直ぐに見返されたことが、とにかく不快だった。

何故額突ぬかづいて、許しを請わないのか。将軍の婚約者など、不遜なことを申してすみませんと、彼女は謝りもしなかったのだ。


なんて、傲慢で我儘な愚か者。


「道理で将軍が困ったはずですわ。言葉では伝わらないというのは、本当のことなのね。無知な者たちは鎖で繋いで、鞭で躾けるしか方法がないのだわ…」

ほう、と微かなため息で漏らされた言葉が、その場の誰にも届かなかったのは、果たして幸運だったのか、それとも不幸だったのか。

部屋の中を見回せば、そこには屈強な騎士たちが膝を折ってアリューシャを見上げていた。

護衛のために連れてきた騎士たちは特に、アリューシャを特別に想う者たち。

専属の騎士はただひとりと決めていたけれど、そうも言ってはいられない。

憂いを含んだ蜂蜜色の瞳が騎士たちに流される。

無骨な騎士たちの逞しい肩に、公女は優しく、そして気高く、繊細な飾り細工の短剣を、触れさせた。

真摯な瞳に返される眼差しは危ういほど、熱に冒されている。


姫と騎士の誓約、秘密の儀式。


アリューシャの導きを求め、アリューシャを崇拝すること。

それは既に盲信に近い。だが、彼らは、崇高なる契約であると信じきっていた。

アリューシャ公女が、誠実で、慈悲の心に満ちた聖女であると、信じて疑うこともなく、ひたすら、心酔する麗しの姫に選ばれたことだけが、男たちの心を満たしていたのだ。


『私の騎士、私を守ってくれるのは、貴方たちだけ』


甘い囁きは毒のように、男たちの庇護欲と、内なる自尊心を刺激する。



ねえ、私の騎士たち。

私を助けて。

彼女は私を陥れようとしているのです。大切な侍女も帰ってこないの。

おかしいの。怖いの。

ねえ、お願い。

どうか、彼女を―――



まるで洗脳するように、彼女は繰り返した。

平民の女が将軍を騙し、公女を蔑ろにし、剰え危害を加えようとしたのだと。

戻ってこない侍女は彼女の魔の手にかかったのだと、涙ながらに訴える。

公女の騎士選ばれ、高揚する彼らは、何故この場にオルソがいないのか、その意味さえ不審に思うことはない。逆に、今まで彼がいた位置に己が立っているのだと優越感にさえ浸っていた。

手の届くことのなかった存在。遠目に微笑むだけでしかなかった公女が、自分を「私の騎士」と呼ぶ。

舞い上がった男たちは、かつてオルソがそう思っていたように公女の特別な存在になり得たのだと信じ込み、愚な傀儡と成り下がったことに、誰も気づきはしなかった。











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