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「チャリオット・ハイナ、只今帰還致しましたー!」

「ああ、おかえり」

「ご苦労様です」

「……」

「あ、あれ?えー、頑張ってきたのに、沈黙で迎えるって酷くないですか?将軍」

「普通に出迎えてもらいたいなら、語尾を延ばすな。鬱陶しい」

この上なく脳天気な部下の軽口を、将軍は容赦なく切って捨てた。

とても残念な会話がなされているのは、外郭の将軍の執務室である。

書類の山の築かれた執務机に向かって座るヴィルヘルムの前に、綺麗な敬礼をする伝令騎士は、けれどもいつもどおり、いや、いつも以上に軽快な調子で報告にやってきた。

「相変わらず、残念な人ですね。どうせ寝不足なんでしょう?さっさと報告して休んだらいいのに」

そんなことを言いながらも、ソルは一応彼を労って、お茶を用意し始める。

ついでとばかりに自分の分も請求するのは、ベルンハルトだ。応接用のソファに身体を沈めたままのその様子は完全に寛ぎモードである。

「俺の仕事部屋は休憩室ではなかったはずだがな」

その程度の嫌味、ちくりとも刺さりはしないとわかっていても、言わずにはいられなかったらしい。彼らを一瞥した部屋の主は諦めたように溜息を付くと、顎をしゃくってチャリオットにも座るのを許した。

「では、遠慮なく」と、ベルンハルトの前の席に腰を下ろし、チャリオットは給仕するソルを見上げる。不安のないその一連の動きは、実に手際のよいものだ。

「ソル、お茶入れるの、上手くなったよな」

「それは…まあ。喜んでくれる人がいれば、上達もしますよ」

感心混じりの誉め言葉に、ソルが面映そうに視線を逸らす。彼が思い浮かべたのは、手放しに喜んで、感謝する花のような娘の姿。同じ面影が浮かび上がったのだろう男たちも皆、どこか表情を緩ませた。

まだ湯気を立たせた熱い茶を受け取って一口、口に含みゆっくりと飲み込む。温かさが身体の中に染み込んできて、チャリオットはふうと一息ついた。

そうしてから、ようやく、彼は首を捻ってヴィルヘルムへと顔を向けた。

急かすでもなく、静かに待つ将軍へと報告を始める。

「まずは、プロムダールですが、宮廷伯が踏ん張ってくれたおかげで、内乱の危機は一応のところ回避されました。その過程で、国王は退位を迫られ、それを承服。次期国王はなんと15歳の少年王です。その宮廷伯に育てられた逸材だけあって、期待してみても良さそうかなって印象ですかね。ヘルムート伯はとりあえず、警戒は解かずに、そのまま静観すると。おまけで、こっちは任せとけって言っていましたよ」

プロムダールに国境を接するヘルムート領を担うのが辺境伯ラウレンツ・アスタ・レヴァインである。

厳格で、融通が利かなそうに見えて、実は子煩悩でお茶目な中年男である彼は、事実上この国でヴィルヘルムに次ぐ実力者でありながら、領地に住む領民と家族を大切にするが故に中央には一切興味がない大らかな人物だ。歴戦の勇者としても名高く、王や将軍さえ子供の頃には彼に守られた経験があるのだ。境界を護らせるのにこれほど信用のおける男もいない。

その彼が任せろというのであれば、迷いなく任せられる。

にかっと、似合わない笑顔が浮かんで、ベルンハルトはくくっと笑った。

「あの人らしい、かわらんな。それにしても、王子が臣下に育てられたのか?」

「うーん、どうやら侍女に手をつけて産ませちゃった子みたいですよ。でも男子だから、側室たちに命を狙われて、王宮ではなく、彼の手元で育てられたらしいです」

「まあ、どこの国にもあるお家騒動だな」

「市井で育った王子だから国民の人気は高い。即位時に奴隷制度の廃止の方向性も明確に打ち出すつもりのようですから、暴動を目論んだ者たちも、これで切っ掛けを失うことになるし、暫くは国王の成長と、動向を見守るでしょう。これで、オルフェルノの周辺も少しは落ち着きそうですね」

「まあ、それを祈るよ」

副官と伝令騎士の会話を、相槌も打たずに聞いていた将軍は、しばしの沈黙の後、机に肘を付き両手を組んだ。視線だけがベルンハルトに向けられる。

「南西の境界の警戒を辺境伯が担ってくれるならば、こちらは西に意識を集中しよう。リディアム侯爵から、ハラヴィナ湾の警備について打診があった。あちらに駐屯している師団をひとつ独立させて、第二のオスカリを作る。海での戦いを想定して準備を始める」

「あれ、なにかきな臭い事でも?」

「国内の不満を外に向けようとしている国がある。そうそう相手の好きにさせる気はないが、この国の領土を戦場にしたくない」

「となると、海上戦……船団でも作る気か?維持に金が掛かるぞ」

「ギルドと交渉中だ。どうせ、海の戦いに長けたものは少ないからな、今ある彼らの護衛船団を引き込む。常は、港の保守と海域の防衛、ギルドの船舶の護衛。最近は海賊も横行しているようだから、海域の安全を保証すれば、ギルドも快く資金援助するだろう」

「出来るだけ国庫を使わない気ですね」

「初期の設備投資くらいは致し方ないとして…さて、海賊たちがどれほど溜め込んでいるのか、楽しみな話だ」

冷ややかな主の微笑みに、ソルも頭の中で計算を働かせる。

馴れ合いを嫌う海賊たちは名無しの盗賊団とは異なり、各海賊団が独立している。義賊を名乗る海賊もいれば、漁師上がりの海賊もいる。しかしながら、残虐非道を地で行く海賊も少なくない。

名無しの掃討に追われ、海岸周辺に被害が限局する彼らの討伐が後回しになっていた分、懐具合もそれ相応に潤っているに違いない。

「悪徳海賊しか狙わない義賊気取りの者や、金に困って漁師から海賊になった者たちは、使いようによっては味方にできるかもしれませんね」

「おいおい」

ベルンハルトが少し難しい顔で、ソルの提案を止める。彼は表情を変えず、黒曜石の眼差しを一度だけ瞬かせた。

「何か問題が?クレメントと名乗る海賊なんて子供たちの憧れなんでしょう?どこかロヴァルに通じるところがあると思いますけど」

「ロヴァルとは共に戦ったからな。海賊は、さて、どうか。まあ、見極めは捕らえた時にでもすればいい。ベルンハルト、ルクセイアに向かってくれ。詳細を詰める」

ハラヴィナ湾を有する交易都市ルクセイアには、4日あれば辿り着けるはずだ。帰都するリディアム侯爵の船に乗り込めばいい。

「了解。…ということは、フェリージア王女の帰国を見送りできんなぁ」

決定事項に否はないがと、どこか困ったようにぽりぽりと頭を掻く赤毛の副官に彼らは皆驚いた。

「あれ?副官、いつの間に王女と仲良くなったの?」

「仲良くなったって…別に普通だぞ?だが、お前がリュクレスのことで煮詰まっていたから、襲われないよう気をつけてやれと忠告しに行ってやったりしたせいか、俺の株は目下急上昇中だ」

チャリオットの言葉を受けて、返すのはヴィルヘルムへ向けてだ。人の悪い笑みでにやりと笑えば、悪友は舌打ちして睨みつけてくる。それが可笑しくて、ベルンハルトは喉を鳴らして、また笑った。

「最初はとんだ我儘娘だと思ったが、そうでもないな。王族とは思えないくらい人がいい。リュクレスを悪い狼から守ろうと必死なところなんて、可愛いもんだ」

「お、副官が絆された?それとも、まさか、恋?」

くつくつと、収まらない笑いを止めようとしつつ、彼はのんびりと冷め始めた茶を啜る。

「恋ではないだろ。まあ、絆されたほうが近いな。頭を撫でたら、怒られたが」

「そりゃ、そうでしょ」

「彼女も年頃の女性ですよ?」

チャリオットとソルの呆れ顔に、彼もそれなりに不味かった自覚があるようだ。

「だが、リュクレスといると、どうにも子供っぽくて思えてな。頭撫でた時も、確かに怒ってはいたが、それがどうにも照れ隠しにしか見えん」

リュクレスは子供のような容貌をしていても、どこか柔らかな落ち着きがある。包み込むような優しさでフェリージアを見守るから、彼女の前ではフェリージアの方が甘えて、子供っぽく映るのだ。

「リュクレスの兄はソルで、フェリージア王女の兄はベルンハルトか?どうにも妙な組み合わせだな」

妙、と言いつつ、ヴィルヘルムの言葉に否定的な響きはない。先ほどの鋭い目付きも今はなく、面白がるように口元を綻ばせた。

「至急の話じゃない。向こうの交渉もすぐに決着がつくものではないしな。そういうことなら王女を送り出してからで構わない」

「助かる」

ベルンハルトはほっとして、ヴィルヘルムに礼を言った。







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