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「公女殿下がリュクレスを探しているようなのです。なぜか、あの子の行動も把握されているらしくて…今は回廊で待ち伏せをしています。お伝えしたほうがいいと思ったものですから」
おずおずと報告してくれたのは、2か月前、フェリージアが腹立ち紛れに髪飾りを投げつけた侍女の一人だった。あのあと、謝罪をしたフェリージアに対し、彼女は吃驚した顔をして、それから「恐れ多い」と怯えて逃げ出してしまった。
落ち込むのを励ましてくれたリュクレスが、「時間が解決してくれますよ」と言いながら、こっそりと間を取り持ってくれたことを、フェリージアはちゃんと知っている。
ゆっくりとだが時間を掛けて、彼女との関係は修復に至り、今はもう、フェリージアに怯えることはなく、時々起こす癇癪にも、苦笑して見守ってくれるくらいになった。
その彼女が心配そうな顔をして持ってきた情報に、フェリージアはこれ幸いと、守りから攻撃に転じることを決めた。
待ち伏せなどといっても、我慢も、忍耐もない公爵家の姫。
しばらくすればすぐに部屋に戻るとわかってはいるが、続けばいつか、リュクレスと遭遇しないとも限らない。
(それならば今、諦めてもらおうじゃないの)
そうは思っても猪突猛進の馬鹿じゃあるまいしと、勝手するわけにもいかず、将軍に相談すれば少し待てと待機の連絡。
苛々して待っていれば、ようやく返答がきた。
「クラウス公子、ね。話したことは一度きりだけど、誠実そうな方だったわよね。本当に良い方なら、自分の妹を見て悲しい思いをしそうだけれど…」
兄妹でもこうも違うものかと思い、そんなものだったと思い返す。
スナヴァールも一緒だ。聡明で心優しい第一王女ルクレツィア。
異母姉弟とは言え、その他の兄弟と言えばフェリージアを筆頭に、横並びに平凡を絵に書いたような程度の能力しかない。
見目美しい容姿は兄弟に揃って備わったものだが、飛び抜けた人格者がいるわけでもなく、自分だって強国スナヴァールの名を鼻にかけるだけの愚か者だったわけだ。
「あの頃より、少しはまともになったと信じたいものね」
フェリージアはそう言って苦笑いすると、その場にいる侍女を振り返る。
リュクレスには部屋の中で久々に、花が気に入らないと生け直しをさせているから、その場にいるのは伝えに来てくれたユリアという侍女だけだ。
「ありがとう、貴女の情報はとても助かったわ。ちょっと行ってくるわね」
「お供します」
「大丈夫よ、相手は公女。殴り合いにはならないわ、心配しないで」
フェリージアが言い出したら聞かないことを、彼女はもう知っている。
「回廊の庭の見える位置にいてくださいね?そこならば、必ず近衛騎士たちの目も届きます。何かあればすぐに彼らが駆けつけてくれますから」
「わかったわ。心配してくれてありがとう」
(大丈夫、近くで将軍も目を光らせてくれているから)
案じるように見送る侍女に笑いかけ、フェリージアは好戦的な表情を浮かべて回廊に向かった。
作戦としては単純なものだ。公女の諦めが悪いのであれば、彼女の周辺の人たちに働きかけて諦めさせればいい。彼女の理不尽な強引さを見せつければいい。
公女が文句を言おうとも、正使であるクラウス公子の言葉の方が発言力は強いのだから、彼さえ納得させれば公女は引くしかなくなるはずだ。
王宮の南、庭園に面する回廊に、伝えられたとおり公女がいた。
少し離れたところで立ち尽くすのは、護衛騎士だろう。フェリージアが近づいたとき、耳に心地よい優しい声が聞こえてきた。
見た目だけでなく、その騎士は甘い公女に合わせたかのように容貌も声色も甘さを含む。
「殿下、そろそろお戻りを」
しかし、公女に告げるその声はどこか当惑して聞こえた。
「駄目よ。今日こそは、捕まえなければいけないの。でなければ、将軍が可哀想だもの」
公女の憂いを帯びた眼差しが、騎士を諭すように見上げる。
「しかし、お相手は将軍が望んだ方です。…失恋は受け入れがたいものかもしれません。けれど、どうか…」
彼女は、相手を慮る気持ちに溢れた姫ではなかったか。
しかして、切ない眼差しで懇願する騎士に、彼女がその可愛らしい唇で伝えたのは「酷い」と、非難する言葉だけ。
彼は僅かに痛みを感じたように顔を歪めた。
それでも、彼は忍耐強く、「いつもの殿下に戻って欲しい」と説得を繰り返す。
それを切なげに見つめ、ゆるゆると公女は首を振り、わかってと、騎士に手を伸ばした。
距離を縮めることもなく、届くはずのないその手を伸ばす仕草は、まるでどこか劇中の役者のように映る。
「市井の民に同情する気持ちも、わからないではないわ。けれど、ねえ。身分の差は決して二人を幸せにはしないわ。同情で結婚することになる娘をも私は助けようとしているのよ?可哀想な将軍様。可哀想な娘。だって、釣り合わないですもの」
優しく、かわいそうと繰り返すそれに、慈悲を感じる人など果たしているのだろうか。
どこか噛み合わない会話に、身近な騎士でさえも、戸惑うように彼女を見ていた。
同情と、蔑みは紙一重。今の彼女の言葉は、後者にしか聞こえない。
聞いていられなくて、フェリージアはもう一歩前に出る。
「私の侍女を探しているようだけれど、なにか御用かしら?」
発した声は、明らかに警戒を滲ませて響いた。




