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翌朝、御前会議が終わった室内には、なんとも微妙な空気が流れていた。

誰も退室しようとはせず、ヴィルヘルムの動向に集中しているのがわかる。

真面目な顔を取り繕いながらも面白そうな王の視線を尻目に、いつもと変わらず穏やかな表情に鋭利な感情を綺麗に仕舞いこんだ将軍は、その空気を完璧に無視し続けた。

手元にある資料を円卓の上で揃え、退室の準備を着々と進める。

「将軍、昨夜のことの説明は頂けないのですかな?」

痺れを切らせたのは、意外にも大臣のエンディダール卿であった。

彼は、若い頃から中央で国政を担う叩き上げの官僚である。下級貴族出身ゆえに領地も持たぬ名ばかりの貴族と、心無い中傷を雨のように浴びながら、それを歯牙にもかけず己の道を邁進し続けた鋼鉄の精神の持ち主であり、三度の食事より仕事が好きだと噂されるほどの仕事の人間でもある。戦時下で王と将軍が前線にいる最中、国政を維持したのは彼であった。

消えることのない眉間の皺に、頑迷さが伺える太い眉と真一文字に締められた口元。神経質そうな面立ちの40を過ぎたばかりの壮年男性だが、苦労の表れか、もう少し年上に見える。

必要以上に人間関係に口を出すことのない彼が話題の口火を切ったのだから、これにはアルムクヴァイドもヴィルヘルムも驚いた。

「昨夜のこと、ですか?」

驚きは綺麗にしまい込み、空々しく惚けてみせる将軍に、エンディダールは憮然とした顔でいつも以上に眉間の皺を深くした。

「惚けんでもよろしい。フメラシュの公女殿下との縁談のことです。受けるおつもりか?」

単刀直入な彼に、ヴィルヘルムは面白く思いながらも、表面上は表情を変えることなく、それを否定する。

「いえ。先方には既に、断りを入れています。珍しいですね、貴公が口を挟まれるとは思いませんでした」

「昨日のあれを見てしまえば、ほかの諸侯も気になってしまうのは致し方ない。その割に誰も口にしませんので、私が聞いたまでのこと。断ったのなら、何も言うことはない」

「おや、受けたなら反対された、ということですか?」

「彼女には思慮が足りない。あれでは、我が国にとって、足枷になりかねない」

言葉を選ぶことなく、彼は言い切った。

「他国とは言え元首の娘にその言葉は失礼ではないかな?」

苦い笑いを浮かべて別の貴族が咎めると、愛想のない顔が相手を見返す。

「だから、ここで話している。此処は国政の中心、この場の言葉が外に流れるほど我が国は腐ってはいないだろう」

エンディダールの明け透けな発言をヴィルヘルムは嫌いではない。それが、時と場所と状況を見極めてのことであるから、尚更だ。

「彼女への心象については異論ありませんが…まあ、今は脇に置いておくとしましょう。断ったのは、私にはすでに婚約者がいるからです。そういうことですので、皆様の御好意には感謝しますが、今後、縁談の話はご遠慮頂きたい」

ヴィルヘルムはエンディダールに答えた後、ぐるりとその場を見回して、取ってつけたようにそう言った。

「御相手はエルナード公爵と、まだ申されますか」

白々しいとばかりに呆れた口調で、その場の一人がルーウェリンナの名を出す。それが、結婚を避けるための名前であると、その場の誰もが知っているからだ。

ヴィルヘルムは綺麗な笑みを浮かべると、かぶりを振った。

「いいえ、王の暗殺事件の時に囮を買って出てくれた勇敢な娘ですよ」

予想もしていなかった相手をさらりと告げられ、その場にいた殆どの者たちがぽかんとした顔をした。

すでに半年以上も前の話だ。囮となった娘のことなど誰も覚えてはいないのだろう。

ヴィルヘルム自身が興味を持たせないよう、そう仕向けたのだから、当然である。

「…どこのご令嬢なのしょうか?」

怪訝そうに尋ねるのは、その事件後に議会に名を連ねた若い子爵の青年だ。

「貴族ではありません。孤児の娘です」

さも何でもないことのように重ねられた将軍の言葉に、どよめきが走った。

エンディダールだけが動じることもなく、王に視線を転じる。

「陛下はご存知で?」

「知っている。無論、彼女の人となりもな。その上で私はそれを承知した」

平然として、王は宣う。

「他国に侮られることになりましょうっ!」

「そうか?系図を調べれば、古くは王家でさえ庶民を迎え入れているがな」

「そんな古いことを持ち出されますな。昨今のことを話しているのです」

「都合のいいことだな。伝統だ、血統だと古き歴史を重んじながらも、それは別の話か?」

「……っ」

「陛下。その娘は将軍にとって、いや、我が国に不利益な存在になりましょうか?」

貴族たちへ皮肉混じりに言い返す王に対し、周りの動揺など何処吹く風の態度を崩すことなくエンディダールが確認をする。

アルムクヴァイドは揺るがない視線で、まっすぐに応えた。

「否、彼の不利益になるような行動を起こすような子ではないな。それに、誰よりも将軍に必要な娘だろう」

「そうですか。ならば、私には反対する理由はありません。将軍、慶事に祝福を」

「……ありがとう、ございます」

あまりにあっさりとエンディダールが認めるものだから、ヴィルヘルムも少し戸惑った。

しかし、彼は元からそういう人間だったと思い直す。

新しいことを自ら考え出すのこそ苦手な堅物だが、改革案には積極的で、国がよくなるならば細かいことには拘らない柔軟さを持っている。貴族のためではなく、国のために献身する、真面目で忠義に厚い御仁だ。

貴賤に拘る人物も少なくはないが、そうでない者たちもいて、その後の議論で議会は真っ二つの状態になった。


「思ったより、反対派は多くないな」

「そうですね。思っていたより誠実な人間が残ったようです。それに、エンディダール卿が出鼻を挫いてくれましたから」

王の耳打ちに、ヴィルヘルムも彼らを眺めながら小さく答える。

二人はさりげなく視線を交わすと、こっそりと笑いあった。

反対する者たちが出るのは初めからわかっていたことだ。

そのためにもろもろの準備は済んでいる。

ここからは、リュクレスの事から、今後の貴族と平民とのあり方について話題をすり替えるつもりだ。西の大陸では国内の不満から視線を背けるために、きな臭い行動を活発化させている国も出てきている。戦争か内乱か。今はまだ他人事ですんでいるが、国を動かす彼らの考え方が変わらなければ、遠くない将来、この国も周囲を取り巻く不穏な空気に飲まれかねない。

「そろそろ解散致しましょうか。会議はとっくに終わっている」

ヴィルヘルムは時計を見やり、強引に話を終わらせようとした。一方的に終えられることに納得できないその場の一人が、目を尖らせ反発する。

「将軍、話はまだ終わっておりません!」

「私の心は変わらない。話していたところで無意味です」

有無を言わさず言い切ると、ヴィルヘルムは王に向き直った。

「私がこの場にいると、終わるものも終わらなくなりそうですね。先に退室の許可を」

「許す」

台本通りの台詞に、王は笑いを堪えながら寡黙に頷くと、ヴィルヘルムは一礼の後、振り返りもせずに部屋を出て行く。

それを止めることのできなかった彼らは、物言いたげに王を見つめた。


王はにやりと笑った。






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