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「空気の読めないお姫様には退室願うに限る。迎えを準備しておいて正解だったな」


ヴィルヘルムは誰に聴かせるでもなく、独白した。

あの金髪の騎士に会場の傍で控えることを許可したのは厚意ではない。


公女のお守りのためだ。


彼女を嗜めるのはヴィルヘルムの仕事ではない。

扉をノックし、返事を待ってから彼は控えの間の扉を開いた。

まさか入ってくるのがヴィルヘルムだとは思ってもみなかったのだろう、フメラシュの騎士は慌てたように起立する。

数時間前のやり取りを引きずってか、その表情は硬い。

だが、彼は動揺をすぐさま消し去り、鋭い顔つきになる。視線は鷹の目のように研ぎ澄まされ、その切り替えは流石に見事だった。

「何か、ありましたか?」

「貴方の心配するようなことは、特に何も。しかしながら、少々問題が発生しそうです。アリューシャ殿下は縁談の白紙を受け入れてはいないようですね」


「は…?」


彼にとっても寝耳に水だったのか。そんなはずは…と小さく呟いた。その目に戸惑いが浮かぶ。

「とても熱烈に口説かれましたよ?内々に解消したというのに、あれでは、あの場にいる全ての貴族に殿下の目的が私との縁談であったと公言しているようなものだ。それはこれからの彼女にとって醜聞にしかなりません。公女殿下には自制を促したいところですが…とりあえずは、部屋へ帰したほうがいい。クラウス公子の努力を無にしたくはないでしょう?」

公女の行為は相手を侮らせる。


彼は、公女の護衛騎士である前に、国の騎士であるはずだ。


しばし考え込んでいた彼は、思考の海から抜け出すと、ヴィルヘルムに視線を戻す。

「…殿下はどちらに?」

「私を追いかけて廊下に出ておいでです。私はしばらくここにいますから、早く迎えに行ってあげてください」

「お気遣い感謝致します」

彼は、綺麗な敬礼を残し、足早に部屋を出て行く。


その後ろ姿を見送って、残されたヴィルヘルムは胸に静かな期待をぎらせた。

真面目で誠実な騎士だ。少し融通が利かないのは玉に瑕だが。先ほどの浅慮も、感情的になり過ぎていたにすぎず、本来の彼は多分そこまで愚かではないように思える。

彼は変わるだろうか。差別なく、全ての国民を守る騎士に。

同じ騎士として、騎士の誓いを思い出して欲しい。


『誠実たれ、騎士たちよ。須らく国を守る剣となり、盾となるべし』


そこに、貴族だとか平民だとかという線引きなどありはしない。

国という形を守れと言っているわけでもない。


国を形作る全てを守れと、そう、謳っているのだから。








****



中座したヴィルヘルムが蝶の間に戻ると、アルムクヴァイドがルクレツィアに微笑みかけ、二人は何やら話をしているようだった。

ここは夫婦の寝室ではなく、晩餐の場、だということを忘れているのではないかと疑問に思うほど、王の蒼天の眼差しは、愛おしむように妻に向けられている。夏空のように曇りのないその光は、ここから見ているヴィルヘルムにさえもわかるほどに、甘い。


「人のことを言えた義理か」


どれだけ、好きだと愛情を垂れ流しにすれば気が済むのか。

侍女長のティアナに「時と場合を考えて、嗜みというものを持ってくださいませ」と一喝されたばかりではなかっただろうか。

スナヴァールの真珠と言われた美しい王妃が、薄らと頬を染めて、口元を緩める。

にじむようなその笑みはシャンデリアの光よりも輝かしい。

周囲から、こっそりと漏れるのは憧憬や、仲睦ましい国王夫妻への微笑ましい感情。

心配のしようがないほどに、親友夫妻は長い蜜月を謳歌中のようだ。

やれやれと、内心でため息をつくヴィルヘルムに、いつの間にか隣に来ていたベルンハルトがじろりと目をくれる。

「なんだ。羨ましそうだな」

「…警備は?」

それには返事をせずに、話をすり替える。

「恙無く。で?」

だが、あっさりと戻された話題に、ヴィルヘルムは往生際悪く嘯いた。

「王が幸せそうで何よりだ」

「…はん」

鼻で笑う副官はそれ以上聞いてはこなかった。

ただ、ぼそりと一言。

「お前も相当だがな」


…どうやら、聞く必要もなかっただけ、のようだ。


愛情の垂れ流し具合は、どうやらヴィルヘルムも五十歩百歩というところらしい。

深刻なリュクレス不足の最中さなかにあるヴィルヘルムに、ベルンハルトの言葉を否定する余裕はない。それすら見越しての言葉なのだろう。

たった数日だ。

ひと月会えなかったこともあるというのに、理由があって会えないのと避けられて会えないのでは、沸き起こる焦燥感がまるで違う。

彼女の行動はすでに把握し、避ける理由を聞き出すつもりで、宮殿の一室も確保している。


逃げ続けるならば、捕まえるだけだ。


「おい」

灰色の瞳に、狩猟中の獣のような物騒な光が差すのを、悪友が見咎める。

訓練で散らしたはずの鬱屈した感情は、しかし、リュクレスが傍にいなければ消しようがない。かつえでもしているかのような感覚が、ヴィルヘルムを苛んだ。


それでも。


「…わかっている。もう少し待つさ」


彼女からやってきてくれることを。

避けられているのが誤解であることを。

祈るような気持ちで願い、ヴィルヘルムは呟いた。







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