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「閣下は、我が国を愚弄するおつもりか」
元首を守る剣であり盾である、忠実な騎士。
真摯な表情に怒りを灯し、ヴィルヘルムを見据える彼は、とても見栄えのする華やかな騎士だった。
なるほど、宮殿の近衛騎士として彼はとても重宝されるだろうと、将軍は心の中だけで皮肉げに笑う。
剣技に、その容貌。そして、当たり前に彼の中にある、公爵家への…否、公女への服従心。
恋情と言い換えたほうが、より正確かも知れない。
「さて、そのつもりはありませんが。その言葉が、今回の縁談のことを言っているのであれば、立場の相違でしょう。…貴方が姫を守りたいと願うように、私にも守りたいものがあるのです」
「それが、平民の娘だと?」
「私は身分に恋したわけではないですから」
何かおかしいことでも?と、態とらしいほどゆったりと、ヴィルヘルムは首を傾げた。
「我が国の公女を下賜される名誉を無下にし、平民を選ぶなど…姫が、平民に劣ると言われたも同然。これを、愚弄と言わず何と言えというのですか…!」
感情のままに騎士は己の怒りを投げつけた。
それは本来、彼が言うべきでない、否、言ってはならない立場を弁えぬ言葉。
将軍は、それを聞き流しはしなかった。
「私には、選択する権利はないと?」
穏やかだと思っていた灰色の瞳が、氷のように冷たく凍てついた。
「我が国はフメラシュ国の属国でも、下位の国でもなかったはずだが。我が王は公女殿下との縁談について、その決定を私に一任した。ならば、彼女を選ぶも選ばないも私の意志。それを、認めないと言われるのか?フメラシュの騎士よ」
「…そっ、そういうわけでは…っ」
オルソははっとして、顔色を変えた。国家間の問題に、彼は僭越にも口を出してしまったのだと、遅ればせながら気づいたようだ。
国交を安定させるため、親交を深めることが目的の使節であったのに、公女の縁談が、彼の不用意な言葉がそれを妨げ、クラウス公子の足を引っ張る。
ヴィルヘルムは、先程までの友好的な雰囲気を消し去っていた。
其処にいるのは冷徹なる冬狼将軍。
この国の守護者であり、己が信念を貫き通す鋼の意志を持つ男だ。
とても静かな気配を装いながらも、オルソの失態を許すつもりはない。
「言わせてもらうならば、貴方の言葉こそ我が国を愚弄するもの。その重さを理解しているのだろうね?そのつもりがなかろうとも、その言葉はとても傲慢だ」
動揺する騎士に、オルフェルノの将軍は追い打ちをかける。
「貴方は、私が権威に額ずく程度の人間だと、そう思っていたようだ。貴族でない者を選ぶ事が何故愚弄することになるのか、私には理解に苦しむが。その考え方自体、人を見下していると何故気がつかない?」
声音に高ぶりは見られない。低い声は荒げられることなく、冷然として凪いだ水面のように静かだ。
それでも、灰色の目に浮かぶのは、明らかな怒り。守る者を侮辱されて笑っていられるほど、おおらかな性格はしていない。だが、それを真っ正直に相手に知らせるほど青くもない。
恋人を愚弄された怒りを、自身の自尊心と国の尊厳を傷つけられた怒りに覆い隠し、ヴィルヘルムは相手を見据える。
騎士は怯んだ。
狼の眼は、視線を逸らすことを許さない。
「貴方は騎士だな」
「…ええ」
「私も騎士だ。私の剣は王に捧げた。我が王は、この剣をこの国のため、この国の国民のために振えと命じた」
だから、ヴィルヘルムは、この国の全てを守るための剣であり、盾である。
だが、彼はどうだ。
ヴィルヘルムは、誇り高き騎士として、フメラシュの騎士に問いかける。
「その剣は姫に捧げたか。騎士として貴方が守るのは貴族だけなのか?平民を蔑む感情は、自らの行動にも態度にも出るだろう。そんな騎士たちに守られたいと、果たして民は思うか。国が揺らぐ理由が、民を軽んずる言動だと気づかないならば貴方の国に未来はない」
「!」
「フメラシュ公が人格者でなければ、フメラシュは荒れただろう。…騎士の誓いは何に対してするものか、騎士が守るべき誇りがなんなのか、もう一度省みるがいい」
沈黙を守る、いや、言うべき言葉を見つけられない騎士に、鋭利な瞳のまま将軍は口元だけで微笑んだ。
「カフェリナの二の舞にならない事だけ、祈っていますよ」




