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蒲公英と冬狼  作者: 雨宮とうり(旧雨宮うり)
三部  黄色い薔薇の、花言葉
153/242

7



晴れた午後のこと。


リュクレスはエステルとクランティアの休憩に誘われ、お菓子談義に花を咲かせていた。

もらったお休みを持て余して、何かすることを探していたリュクレスに呆れたエステルが声をかけてくれたのだ。

甘く美味しいお菓子に舌鼓を打ちつつ、弾む会話はとても楽しい。

エステルはオルフェルノ王国に来てそれほど時間は経過していないから、王都の中のお店にはそれほど詳しくないと言いつつも、美味しいお店の開拓は着々と進んでいるようだ。

クランティアは知る人ぞ知るという隠れたお店に詳しく、お気に入りのお店のお菓子に関しては、いつもの寡黙さはどこへと驚くくらい滑らかな滑舌で薀蓄を披露してくれる。

暢気な会話をしている間は、リュクレスも笑っていられた。

自分の中のもやもやした何かを忘れていられる。

ふたりはまだ、ヴィルヘルムとリュクレスの関係を知らない。怪物のことは秘密裏に処理され、リュクレスの誘拐も内密のものとなっている。王宮に務めるだけあって、二人はその辺りの事情を察し、聞かないでくれるから、隠し事の苦手なリュクレスはどこか安心して話ができた。

ふとエステルが何かに気がついたように席を立ち、窓際に近づいた。

窓の外を見下ろして、ほう…と溜息を付く彼女に、リュクレスとクランティアは顔を合わせて、同じように席を立つ。近づいた窓辺から下を覗き込んだ。

いつもの目の保養かな?と。

てっきり、フメラシュの公子かと思いきや、そこに居たのは先日ヴィルヘルムの隣にいた美しい淑女だった。

咄嗟に息を詰めたリュクレスに、意味を取り違えてエステルは笑いかけた。

「とっても素敵な人よね。ルーウェリンナ様って」

対象は違えども、目の保養というのはあながち間違っていないようだ。

「ルーウェリンナ様?」

「ああ、リュクレスは知らない?あの方は王様やアスタリア様の叔母様に当たる方よ。普段は、別の領地にいるらしいのだけど、…王様に呼ばれたらしくって、しばらくは滞在の御予定みたい。噂によると将軍と結婚の約束をされているとか。美男美女でお似合いよね」

「え…」

結婚の約束?

リュクレスは、顔を強ばらせた。

愛おしそうに彼女を見る、ヴィルヘルムの横顔が脳裏を過る。

「あんな女性になりたいとは思うけど、高望みよね」

女性でも憧れてしまうほどの、魅力。容姿だけでなく、醸し出される雰囲気が奥ゆかしく、雅やかなのだ。

ああなりたいと手を伸ばし、やはり無理なのだと伸ばした手を引っ込める。

エステルの気持ちはリュクレスにもすごく良く理解できた。

(あんな素敵な女性が、ヴィルヘルム様の婚約者…?)

ルーウェリンナに見とれていたエステルは、リュクレスが青くなるのに気づかず、ほうとため息をついた。その目に宿る羨望の眼差し。

ヴィルヘルムの愛情を信じていないわけではなかった。

あんなにも繰り返し告げられた想い。

でも、自分に自信がない。

ふと、窓に映る自分の姿を見る。

以前の鶏がらのようにやせ衰えた娘はいない。けれど、そこにいるのは、相変わらず見窄らしく小さな娘だ。

ルーウェリンナとは比べることなど、烏滸がましいほど貧相な自分。

もし、彼の隣に並び立つのがリュクレスだったならば、エステルのそのため息さえ落胆に変わってしまいそうで悲しくなる。

私のどこに惹かれたのだろう。

ヴィルヘルムの伝えてくれる、なけなしの魅力さえ、ルーウェリンナの前では霞んでしまうのではないのだろうか。

それに、結婚の約束って…?

ヴィルヘルムが、不誠実であるなんて思ってもいないのに。それでもあんな素敵な人に微笑まれたならば、恋に落ちても不思議はないと思ってしまう。

自分への自信のなさが、彼に真実を問う勇気を消し飛ばして、ただ逃げ出すばかり。

そして、胸を巣食うもどろどろとした思いに、リュクレスは蹲りそうになる。


その方に愛おしげに笑いかけないで。

それは、―――嫉妬だ。


(ダメなのに。ヴィルヘルム様の心は彼のもの。私がそれを望むのは間違ってる)

そう思うのに、彼を想うことをやめることができない。

彼女のような美しさも、女性らしさもない。

貴族でもない自分が、彼に差し出せるのはこの心だけなのに。

それなのに。

心までこんな醜い自分では、ヴィルヘルムに嫌われてしまうんじゃないかと、不安のあまり泣きそうになる。

「リュクレス?どうしたの、泣きそうな顔してる」

クランティアがリュクレスの様子に気がつき、エステルを止めると、震える手を取って優しく握り締めた。エステルは驚いて、子供にするようにリュクレスの頭を撫でる。

今までであればきっと、自分の気持ちを押し殺して、ただ、諦めれば良かった。

無理にでも笑顔を作って、祝うこともできただろう。…でも。

今は、もう無理だから。

きっと情けなく、泣いてしまう。

その手を離さないで欲しいと、こいねがい。

ヴィルヘルムを困らせてしまっても、きっと泣きすがってしまうだろう。

胸がぎゅうぎゅうと軋む。ぺしゃんと潰されてしまいそうな心を、けれど、とても心配そうな眼差しと、慰めるような優しい手が支えてくれたから。

リュクレスは心からお礼を言って、クランティアとエステルに笑い返した。

ぎこちないそれは、成功しているとは言い難かったけれど。






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