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蒲公英と冬狼  作者: 雨宮とうり(旧雨宮うり)
三部  黄色い薔薇の、花言葉
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4



少しだけ花びらを散らせてしまったものの見栄えには影響なく、リュクレスの持ってきた花は綺麗に生けられて、王妃の部屋の片隅を飾っていた。

ルクレツィアとの仲を修復したフェリージアは、あれからちゃんと遊学の目的を果たすために真面目に取り組んでいる。

客観的にスナヴァールを見ること。国の成り立ち、国政のあり方。国の方針。オルフェルノの制度や法など。多くの時間を学ぶことに費やしている。そして、市井育ちのリュクレスの話も積極的に聞きたがった。

フェリージアにとって興味深かったのは、救護院の知的財産たる薬草の知識だ。各修道院にあるというその資料を何故国が統括しないのか。

そう尋ねれば、お茶を用意していたリュクレスは手を止めて、それに答えた。

「ひとつのところに集めてしまうと、そこに何かあったとき、知識ごとそれは消えてしまうからです。修道院は各地にあって、各地に知識は眠っている。共通のものもあれば、その土地ならではのものもあります。時々知識の交換をして、各修道院が膨大な資料を管理していく。…戦争でひとつの修道院が燃えてしまっても、ほかの修道院がその知識を引き継ぐ。そうるすことで、知識が途中で伝わらなくなることを予防しているんです。それに」

「それに、なに?」

「その知識は修道院にあるからこそ、貧富の差別なく誰もがその恩恵を受けることができるんです」

奴隷制はなくても、身分の差はこの国にもあり、その歪を、リュクレスを通じて実感する。

「貴女にとって貴族は憎い?」

苦い思いを抱えながらも、けれど見て見ぬふりはしたくないと、フェリージアはリュクレスに率直に尋ねた。

彼女はゆるゆると首を振った。

「…憎いという積極的な感情はあまりないんです。ただ、怖くて苦手ではあるかもしれません」

「私があんなに怒鳴っても怖がらなかったくせに?」

腑に落ちない顔をした王女に、侍女は苦笑した。

「フェリージア様はちゃんと私を人として見てくれましたから。…でも、やっぱり、優越感のために道具のように扱われたり、蔑まれる行為は刺が刺さるみたいに痛みます。自分だけでなく、仲間たちも同じようにされれば尚更に。でも、貴族の全員が同じでないと知っています。高貴なる責任を果たそうとされる方たちがちゃんといることも、わかっていますから」

「…そう」

朗らかにリュクレスが笑い、フェリージアは少しだけ安心したようだった。

しばらくは、たわいもない話をリュクレスに投げかけていたフェリージアだったが、出されたお茶を飲みながら、ちらりと彼女を見つめた。

さっきから、どこか上の空の娘に。

王女は何食わぬ顔をして、問いかける。

「ねえ、どうかしたの?落ち込んでいるみたい」

「…え?」

その言葉は会話のついでのようにさりげない。

意表を突かれて、リュクレスは僅かに吃った。気がつかれるほどわかりやすく行動していたのだろうかと、心配をにじませれば、王女はぱたぱたと手を振った。

「少しだけいつもと違って無理に笑っていたからよ。珍しく気もそぞろだし。何かあったの?」

リュクレスの瞼の裏に、先ほどのふたりの姿が鮮明に浮かび上がる。頭を振ってそれを打ち消すと、情けなさに笑みを作った。

「心配かけて、ごめんなさい。何でもないんです」

「そうやって、一人で悩んで失敗したんでしょう?ほら、話しなさい」

一人で勝手に出て行ったことを、フェリージアはまだ不満に思っているようだ。

でも普通に考えれば、侍女の相談に応じる王女などそれこそ変わっているのだけれど。

王女らしい、らしくないということよりも、自分の思う通りにすることを決めたのだろう。

それは、とても素敵なことだと思う。

しかして、リュクレスは困惑してしまう。

本当に情けなくて、恥ずかしいのだ。口にするのもはばかられ、とてもではないが相談などできそうもない。

だって、何を言えばいい?

将軍が女性をエスコートしているところを見ただけだ。

あの女性が彼の隣に居ることが自然すぎて、余りにもお似合いで、…掠めた羨望が、心を軋ませるのだと、言ってどうなるというんだろう。

王女はリュクレスがヴィルヘルムの恋人であることを知らないから。

「残念だったわね、諦めなさい」なんて言われたら、何かが崩れそうな気がする。

それに。

ヴィルヘルムが彼女に向けていた眼差しには見覚えがあった。

灰色の瞳に宿る熱。

それは、いつも自分降り注いでいた、愛情。

…その衝撃は、立っていることが出来なくなりそうなくらいに激しく、重い。

息が、詰まる。

ちゃんとリュクレスのことを大切にしてくれていると知っているのに。

自分を見つめるのと同じ眼差しで、別の女性を見つめるヴィルヘルムに、足元がグラグラする。

まるで、初めてヴィルヘルムへの恋を自覚したときみたいだ。

あんなふうに他の女性を見つめるヴィルヘルムを見たくはなかった。

我儘な思いにリュクレス自身が振り回される。嵐のような慣れない感情が怖くて、逃げ出したくて、仕方ない。

鼻の奥がつんとして、じんわりと目が潤む。顔が熱い。泣き出したくなくて、リュクレスは全てを霧散させるように、勢いよく両手で頬を叩いた。

フェリージアは何も言わず、ただびっくりしたように目を丸くしていた。

話さないと決めたならリュクレスは話さない。その頑固さを垣間見て、王女は仕方なさそうに話題を変える。

「姉様に会いたいわ。都合が付くかしら?」

「…確認してまいります」

ほっとしつつも、申し訳なさそうな顔で部屋を出たリュクレスの背中を、少しだけ心配そうに王女が見つめていた。







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