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蒲公英と冬狼  作者: 雨宮とうり(旧雨宮うり)
三部  黄色い薔薇の、花言葉
149/242

3


ドレイチェクからアズラエンに戻って既に数日。

リュクレスは王城の外郭を望める回廊を両手にいっぱいの花を抱えて、歩いていた。

今までと変わらず、彼女はフェリージア付きの侍女として王城に勤めている。

王妃の元に呼ばれることも多く、なかなかに忙しく、充実した日々だ。


王城に戻ったその日、リュクレスを出迎えたのは、涙ぐむ王妃だった。

迷惑をかけただろう優しい人たちは、ただただ、いなくなったリュクレスの身を案じてくれていた。

リュクレスを前にして王妃は涙腺を崩壊させると、はらはらと涙して、リュクレスを抱きしめた。

「実は、泣き虫なのよ。ルクレツィア様は」

そんな風にエステルが苦笑して、それから、自分も顔を真っ赤にしてつられるように泣き出した。そんな彼女へとクランティアが目を潤ませながら、静かにハンカチを差し出す。

カナンとアスタリアは安堵を滲ませて、やんわりと微笑みながら見守ってくれて。

とても心配させてしまったのだと、ルクレツィアの温かな温度と涙に、リュクレスは悔いる思いに下唇を噛み締める。

その中で、厳しい瞳を向けて、

「侍女たる者、勝手に主人の元を離れるとは何事ですか」

そう言って叱責したのは侍女長のティアナだった。

「なんで相談しなかったのっ」

フェリージアは、とても憤慨してリュクレスを叱り飛ばした。

もし、勝手にいなくなったリュクレスを誰も叱りはしなかったならば、申し訳なさに、きっとリュクレスは誰にも顔向けできなかっただろう。

けれど、彼女たちは叱ることで、謝る機会を与えてくれた。

リュクレスはルクレツィアの腕から抜け出し、全員に向けて頭を下げた。

「心配をかけて、ごめんなさい」

謝罪するリュクレスの耳に、無事で良かったと、柔らかい声が落ちてきて。

リュクレスも堪えきれず、子供のようにぽろぽろと泣き出してしまった。

「勝手にいなくなった罰よ。私が帰るまで、私の侍女として務めなさい」

泣き止まないリュクレスに、作ったような厳しい顔をしてフェリージアは命じる。

それは、本当は罰でもなんでもなくて。

意地っ張りな王女の優しさであり、甘えだった。

フェリージアの遊学は元より2ヶ月の予定で、後2週間も残っていない。残った時間を惜しんだのは、フェリージアもリュクレスも同じだった。

そばにいて欲しいという甘えと、リュクレスの罪悪感を軽くする罰という言葉に。

リュクレスは涙でくしゃくしゃな顔で笑う。

そして、王女の罰を受け入れた。

その話を聞かされたヴィルヘルムは、完全なる事後承諾に大きな溜息を付いたものの、それを許してくれた。

王城に連れて来ると決めた時点で、どうやら予測はしていたらしい。


そんな訳で、リュクレスは侍女服を身につけ、ゆっくりとした足取りでフェリージアの部屋に向かっているわけである。

両手いっぱいの花は今日咲いたものだ。

フェリージアには華やかな花がとても似合うから、今日は赤と黄色の薔薇と橙黄色のデモルフォセカ、そして花を咲かせた霞草を選んだ。

南の庭園の中には温室があって、そこでは冬でも色とりどりの花が競うように咲いている。老齢の人の良い庭師と些細なやり取りをしながら、その日の花を選ぶのはとても楽しい。

そして、その花を飾り、部屋の中が少しでも明るく過ごしやすくなることを願う。

最近はやり直しを求めることもなくなり、照れながらも花を褒めることも少なくない。

そんなフェリージアの不器用で可愛らしい優しさが、リュクレスにはとても嬉しいのだ。

今日の花も気に入ってくれるだろうか?

のんびりと頬を緩ませて回廊を曲がったリュクレスは、目の前にあった光景に、思いがけず固まって足を止めた。

足に根が生えたように、そこから動けなくなる。

あまりにも日常は穏やかで、心は何の構えもしていなかったから、その衝撃はリュクレスの心臓を打ち抜いた。

視線の先。

近くはない距離の庭先で楽しげに話をしているのは、妙齢の女性と同世代の男性の姿だった。どちらとも美男美女と表現されるに相応しい容姿の持ち主で、雪に覆われた白い庭でそこだけが別世界のように華やかな雰囲気に包まれている。男性を見上げるその女性は生来の品の良さが滲み出るような美しい麗人で、たおやかに微笑むその仕草はとても優美なものだった。陽光を浴びて綺羅々と煌く金色の髪、カットされた宝石のような蒼玉が遠目にも美しい。同性であっても目を奪われ息を呑むほどの美貌。そして、その女性をエスコートする男性も、隣にいて全く遜色のない秀麗な容貌と色彩の持ち主であった。すらりと高い身長、精悍で彫像のように整った顔立ちに浮かぶ穏やかな笑顔、風雅さを覗かせる紳士的な身のこなしはとても高貴な印象を与える。

足を止めたのは、煌びやかな宮殿の中で二人が微笑み合うその様子が、完成された一枚絵のようにお似合いだったからだ。

だが、うっとりと見とれた訳ではなかった。

陽光を受け、明るく映る彼の髪の色が、紺青でなかったのならば。

灰色の眼が細められ、柔らかく愛おしげな眼差しが女性に向けられているのでなければ。

その手が、しなやかなその手を優しく取ったりしなければ。

…こんなにもリュクレスの胸がきゅうきゅうと痛むことはなかったのに。

焼けた石を当てられたかのように、胸がひりついた。

胸の痛みは、今まで感じたことのないような熱をもち、鼓動を止めそうになる。

やけどをした時のような痛みに、我知らず、力加減を忘れて抱きしめた腕の中の花が一輪、ぽきりと折れて床に落ちた。

はっとして力を緩め、拾わなければと慌てて身体をかがめようとする。

けれど。

目敏い彼がそれに気がついたかのようにこちらを見ようとしたから。

リュクレスは咄嗟に、踵を返して。

そこから逃げ出してしまった。







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