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蒲公英と冬狼  作者: 雨宮とうり(旧雨宮うり)
三部  黄色い薔薇の、花言葉
148/242

2



「そう言えば、リュクレスが王城に残ることを許したんだな。ルチアが喜んでいた」

王妃を愛称で呼ぶ王に、ヴィルヘルムは致し方なくだと、眉間に皺を刻んで告げた。

ヴィルヘルムとしては、リュクレスを王城に戻すつもりはなかったのだ。元々、彼女を城に上げたのは怪物に狙われていたからであって、元凶がいなくなった今、王城に戻す必要はない。

だが、真面目なリュクレスらしい話だが、突然、何も言わず王城を離れてしまったことに罪悪感を抱いていたらしい。心配をかけたことはもちろん、たくさん迷惑をかけたのではないかと、とても気に病んでいたのだ。だから、謝りたいのだと望まれて、それで心が晴れるならばと、ヴィルヘルムは承諾した。


…案の定、謝るだけではすまなかったのだが。


謝罪をしに王妃の部屋に向かったリュクレスが、戻ってきた時には侍女姿に着替えていたのだ。ある程度、予想していたこととは言え、それはヴィルヘルムを大いに落胆させた。

王妃や、王妃付きの侍女たちに泣かれ、フェリージア王女からは怒られて、リュクレスは罰として侍女を続けることを命じられた。

期限は、王女が国に帰るまで。

もう2週間を切っている、罰というよりもリュクレスの気持ちを楽にしてやるための建前のようなものだ。

彼女たちの細やかな気遣いに感謝するべきなのだろう。それでも。

たった2週間、されど2週間、だ。

しぶしぶ許可をしたものの、ヴィルヘルムとしては恋人を取られて嬉しいはずもない。

不本意なのは隠しもせずに、けれど、口を付くのは諦めの言葉。

「仕方がない。あの子のわだかまりがそれで晴れるなら、我慢をするしかないだろう」

結局、ヴィルヘルムは、リュクレスがなんの陰りもなく笑っていられるならそれでいいと、そう、思ってしまうから。









貴重な時間を、要らぬ結婚話に費やす気はない。

ヴィルヘルムは王に宣言した通り、全ての肖像画を丁寧な断りの手紙を添えて送り返した。

その中にはもちろん、フメラシュの公女も含まれていたが、使節団とともにやってくる本人には断り状の件は伝わらないだろう。面倒ではあるが、来てから直接断りを入れるしかない。

しばらく離れていた執務室の机には、これでもかと言わんがばかりに積み上がった書類山が鎮座している。それを黙々と処理していたヴィルヘルムのもとに、やってきたのはルーウェリンナだった。

「殿下におかれましてはいつにもまして麗しく…」

席を立ち丁寧な礼をする将軍に、その麗人はうっすらと品よく微笑んだ。

「他人行儀な挨拶なら不要ですわ、ヴィル」

「そうは言われてもね。一応の礼儀だろう?」

「一応、と付けている時点でどうかとは思いますけれど。本当にお久しぶり。少しお話がしたいのだけれど…庭に出ませんこと?」

「貴女のお誘いならば、断りきれないな。お供しましょう」

ヴィルヘルムは腕を差し出すと、彼女をエスコートして部屋を出る。

明るい陽の光に、ルーウェリンナの豊かな金色の髪が眩いほどに輝く。20代も半ばを過ぎて、その美しさにはますます磨きがかかっているようだ。落ち着いた蒼玉の瞳には理知的な光が満ちる。見張りの騎士たちも目を奪われて、うっとりとした視線が向けられるのを気にもとめずに、外郭を離れ、回廊の見える庭園の花壇の前までやってきた。

真冬のそこには色とりどりの花はないが、幾何学模様を美しく描いた緑が綺麗に栽植されている。うっすらと白い雪が、庭全体を覆っていた。

「寒くはありませんか?」

「大丈夫ですわ。……ヴィル、お祝いを言わせて。婚約おめでとう。貴方に愛する人が現れたことがとても嬉しいわ」

きらきらした瞳が歓喜を覗かせて、細められる。

友人の幸せを寿ぐその言葉に、ヴィルヘルムは少しだけ口元を緩めた。

「ありがとう。これも、リンのおかげだな。結婚の話に煩わされず、独身を貫けたからこそ、あの子の手を取ることができた」

ひどく愛おしそうな視線の先には、恋人を思い浮かべているのだろう。

ルーウェリンナは甘さを感じさせる男の笑みを可笑しそうに見つめた。

「本当に、ベタ惚れなのね。アルから聞いてはいたけれど、そんな顔を貴方ができるとは知らなかった」

「そんなに、顔に出ているか?」

「ええ、蕩けそうよ?貴方を見ているだけで、ご馳走様という気分になるもの」

さらりと言われた言葉に、ヴィルヘルムは苦笑するしかない。

「あの子に会ってもうすぐ一年になる。…彼女のいない世界が考えられないんだ。世界がまるで違って見えるなんて、色ボケしたことを自分が言うことになるとは思わなかったよ」

臆面もなく言っておきながら、その顔にはどこか決まりの悪さが拭えない。それは、その変化を厭うわけではなく、ただ、守るばかりでいられない大人気ない自分が少しだけ情けないだけだ。

「リン、彼女は姓もない孤児だ。身分差は確かに俺との間に横たわる。けれど、そんなものに邪魔をされたくはない。傍にいて、俺を幸せにしてくれる娘を幸せにしてやりたいと思っている」

「そのためにアルを介して私を呼んだのでしょう?協力は惜しみませんわ。それにしても…とても素敵な子なのでしょうね。貴方がそれ程までに恋しく思うその娘は。私も、会ってみたいのですけれど?」

「会わせるのは…構わないが。やらないぞ」

「……そうは言われても、貴方と私は好みがよく似ているから…、欲しくなってしまうかもしれませんわね」

冗談の中に潜む本音に、ルーウェリンナがそんな風におどけて返す。

彼が、ルーウェリンナに望むのは彼女の庇護と、貴族への牽制だ。個人的にその娘を王や、ルーウェリンナが気に入っているとなれば、市井の娘であろうとも、無闇に貶めることはできなくなる。そして、ルーウェリンナは重鎮たる大貴族の扱いを心得ている。

ヴィルヘルムは、恋人を貴族に仕立てる気はないらしい。彼女の身分を飾って偽りの姿を与えるのではなく、彼が恋をしたままの娘を、自分の全てを使って本気で守ろうとしているのだ。ならば、友として友情に報いることがあっても良いと思う。

「私に出来うる限り、貴方たちを守ると約束しましょう。その代わり、ちゃんと二人で幸せになってね」

「…ありがとう」

感謝を伝え彼女の手を取ったヴィルヘルムの視線の片隅に、ふと、侍女の姿が映った。

だが、ヴィルヘルムがそちらに視線を流した時には、すでにその姿は回廊の角に消えてしまった。


ただ一輪、床に落ちた黄色い薔薇だけが目に鮮やかで、どこか印象的だった。






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