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「温かいものを準備するより、兄さんの迎えの方が早かったな」
やれやれと苦笑いでジルヴェスターに迎え入れられ、リュクレスは気恥ずかしそうに頬を赤らめた。
初々しいその様子に心地の良さを感じながら、娘を席に促す。エスコートは兄に任せ、ジルヴェスターはカップに紅茶を注いだ。その手慣れた所作に、笑みを零したのはヴィルヘルムだった。
「相変わらず、自分でお茶も入れているんだな。侍女たちがむくれるわけだ」
私たちの仕事を取らないでくださいと、怒られている姿が目に浮かぶ。不機嫌というよりは、気まずそうにジルヴェスターはぼやいた。
「面倒くさい。自分でやったほうが早いんですよ」
遣えられることに慣れていないわけではない。彼も伯爵家で育った三男だ。だが、身の回りのことを自分で行う寄宿舎での生活を経て、一学者として生活をしてしまえば、貴族としての生活はなんと迂遠なことか。
「俺は普通にひとりで生活できますから」
自分で出来ることをいちいち人に命じるなどまだるっこしくて仕方ない。軍属としてある程度自分のことは行えるヴィルヘルムにもその気持ちは理解できるようだが、彼は王の側近としての立場上、ジルヴェスターほど自由ではいられない。
それに、ヴィルヘルムは思いのほか大雑把で粗野なところがある。
紅茶を口元に運ぶその一挙一動はとても優雅で美しいのに、入れるとなれば適当でぞんざいになるのはなぜなのか。…美味しい紅茶になど興味がないのはわかるが。
暖かいですと、ほっこり微笑む娘に向ける兄の眼差しに、彼女へ入れる茶ならば、少しは丁寧になるのだろうかと、ジルヴェスターはふと思った。女性のために茶を入れる人ではなかったが、婚約者だと紹介してくれた娘になら、彼女が望めば喜んで入れるだろうと予想はつく。
尊敬する兄が連れてきたのは、とても柔らかく愛らしく、雪のように儚い娘だった。
その脆さをヴィルヘルムが与えたものだと知れば、彼の後悔は余りにも深いだろう。
中央の守備をベルンハルトに任せ、ヴィルヘルムは怪我を理由にドレイチェクに引きこもった。
彼が負傷したことは公にされ、今王城内で知らぬ者はいない。
箝口令は敷かれているものの、その情報は外部へ漏出し、将軍の王城不在は公然のものとなっている。あれほど、リュクレスの恐れていた状況をヴィルヘルムはわざと引き起こしたのだ。
その結果何が起こるのか、その反応はじわじわと現れ始めている。
辺境域たるこの土地に伝わってくる周辺国の情報はアズラエンにいるより早くて正確だ。
いつも以上の用意周到さをもって、彼は計画を練り、情報を集めているはずだ。頭には欠片も失敗など思い描いていないに違いない。それは傲慢な慢心ではなく、決然たる覚悟をもって行動した結果ゆえの態度だ。
国をも護ることもリュクレスを守ることも、彼はどちらも彼の信念をかけて譲らない。
今のところ、ヴィルヘルムの望むとおりにことは動いている。だから、男は安心して恋人を癒すことに集中するのだ。
彼女の笑顔はとても可愛らしいのですよと、惚気にしか思えないようなことをやるせない顔で口にした兄に、どうかその笑顔を取り戻して欲しいと。
ジルヴェスターはふたりを見つめながら、願うように思った。




