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蒲公英と冬狼  作者: 雨宮とうり(旧雨宮うり)
二部 夜の帳と水鏡
120/242

19



険しい山々の連なる山並み。広葉樹は足早に葉を落とし、夏に比べて視界は開けている。

山深く足場の悪い山道は、巧みに隠されており、事前に情報がなければたどり着くことさえ非常に困難だろう。

山の中腹に人工的に開かれた集落は、元名無しの拠点であった所である。

名無しといえば山岳地帯でもっとも本領を発揮する集団だ。

密集する木々や山の傾斜を利用して、ゲリラ戦を展開する彼らは、正規軍である騎士団ですら手を焼いた。地形的に騎士は馬を使えない。完全に、相手に振り回された。

元々が傭兵上がりの山賊だ。ベルガディドが棟梁になり、仕事の手を広げ国内の犯罪に関わるようになると、彼らの悪名は一躍有名になった。腐っても国政を担う事のできた人物だ、唯の盗賊団を国の驚異にまで育て上げた手腕は見事という他ないが、はた迷惑であることに変わりはない。

「結局、古巣に戻ってきたか」

ヴィルヘルムにとって、ここまでは予想通りの成り行きだ。隣に立つ騎士も頷いた。

「追い詰められて、帰るところはここしかないでしょう」

銀髪碧眼の騎士は、ヴィルヘルムの隣に並んでも見劣りしない華やかな男だった。だが、この色男は愛想というものをどこかに置き忘れて育ってしまったようで、未だかつて笑う顔を見たことがない。ソル以上に表情のない男だが、腕も立ち、信頼できる部下であり、離宮の護衛を託した一人でもあった。

ノルドグレーンとの境界にある山間部。ベルンハルトが半年前に強襲し、壊滅させた場所は戦闘後荒れ果てたままだ。それでも、戦うならば慣れた地を選ぶであろうと、ヴィルヘルム達は見越した。

少数精鋭の騎士たちは整列したまま正面に山の傾斜を見上げ、その奥にある彼らの隠れ家の様子を探る先遣部隊の報告を待っているところだ。

以前のように逃れられはしないだろう、既に四方から包囲されている。


…木立を越えて狼煙が上がった。


さらりと紺青髪が揺れ、その隙間から眼鏡越しではない獰猛な狼の瞳が覗く。鮮烈な存在感に、たったそれだけで、兵士たちは将軍へと目を引き寄せられる。

「これ以上名無しに手を煩わされたくない。ここで片付ける」

ヴィルヘルムは静かな声音で告げ、騎士たちを見た。低いその声は張らずとも、男達に届いた。言葉もなく頷く者、眼差しを鋭くする者、一様に猛々しく闘志をみなぎらせる。

軽い動作で、ヴィルヘルムは剣を抜いた。傍らに立つ銀髪の騎士バルロス、ロヴァルの傭兵が倣うように剣を抜き、それに続いた彼らは、将軍の手を上げる合図で行動を開始する。


かくしてそこは、殺伐とした戦場と化した。








始まって早々に乱戦となった隠れ家周辺には、荒々しく剣呑な物音がそこかしこで響き渡っていた。

剣の打ち合う音、怒声、悲鳴が交差し、重なり合う。

怒涛の勢いで攻める騎士たちに、盗賊たちはなすすべもない。

狭い建物の中から名無しを追い立てながら屋外に出たヴィルヘルムの後ろに、自然な動きで大柄な男が近づいた。

「残数30」

警戒もせず背中を預けるヴィルヘルムを守り、ロヴァルの男は淡々と報告する。

ヴィルヘルムは一人切り捨てると、剣を前に構えながら、ちらりと背を合わせて立つ男を振り返った。

振り上げられる剣を人ごと大剣でなぎ飛ばす人間離れした豪腕に、名無したちはにじり下がる。不安のない戦い方に将軍も口角を釣り上げた。

お互いに息も乱れることなく、平静としたものだ。後ろで高みの見物でもしていたかのような落ち着きぶりだが、血塗れた剣、鎧を汚す返り血がそれを否定する。

大熊と呼ばれる寡黙な男は、刃の背を肩に乗せ、とんとんと弾ませながら眉を顰めた。

「…何か、狙っているようじゃないか?」

捕まれば彼らを待っているのは死罪だ。逃げ道を与えないやり方に、死に物狂いで抵抗を続ける名無したちを、ヴィルヘルムたちはじわじわと削っていく。

奴らが助かる道は無いに等しい。

順当に討伐は進み、既に残りは半数だ。

ヴィルヘルムは目だけで彼らの動きを確認する。初めからそうだ、一貫して彼らは。

「…なにか待っているな」

「だな」

逃げるタイミングか、それとも応援か。

「だが、親切に待ってやる必要もないだろう。…一気に畳み掛ける」

ヴィルヘルムはそう言うと剣を振って血糊を落とし、改めて構え直した。

「了解」

端的な返事と同時に大熊が肩から大剣を下ろし、巨漢に見合わぬ速度で走り出した。下から振り上げる勢いでふたりの人間をまとめて吹き飛ばす。死なずとも、戦闘不能は必至のその一撃の横をすり抜けて、ヴィルヘルムはその先の男達を流れるような速さで切り捨てていった。

死角からの一撃を軽々と受け止めて剣を弾けば、容易くその懐に入り、剣の柄を鳩尾にめり込ませる。

そして次の相手へ剣を向ける。見れば、大熊の周囲には屍が累々と折り重なっている。

先陣を切っているとは言え、さて、あの男が倒した名無しは何人になるだろう。

残りは片手に足りるほど。半狂乱で逃げ惑う姿が哀れだが、今まで逆の立場だったのだ。多少の恐怖を味わうのも自業自得というものだ。

ひとりの名無しが血走った目で、逃げるのをやめ、ヴィルヘルムを睨みつけた。向かってくる男をヴィルヘルムは剣を構えて、迎え撃つ。振りかぶられた剣を一撃受け止めて、剣を傾けて流す。返す刃で横から叩きつけるように剣を薙げば、名無しは慌てて剣を盾に腕で支えてその一撃に耐えた。

「まだかよ、怪物…っくそ、騙されたのか」

よたつく相手のその一言に、ヴィルヘルムは意味を尋ねようとして、届いた殺気に顔を上げた。

木の上から矢を放つ男の姿。矢はヴィルヘルムに届くことなく、叩き落される。もう一度矢を番える前に、他の騎士の矢によって心の蔵を貫かれ、男は地面に落下した。

その一瞬、剣が閃く。

ヴィルヘルムは身体を捻り直撃を避けた。だが、刃は腕を掠め赤い血が舞った。傷に顔をしかめることもなく、将軍の剣が男を貫くと、まともに動くことのできる名無しは一人もいなくなった。

じわりと傷口が熱を持つ。

痛みではない、焼け付くような感覚にヴィルヘルムは舌打ちをした。

騎士たちが寄ってくる。大熊も大股で近づき、腰に引っ掛けた鞄から止血用の布を取り出す。

「大丈夫か」

「あまり大丈夫ではないな。…毒だ」

冷静な顔で、他人事のように言う将軍に、目の色を変えたのは周囲の者たちだった。

バルロスは素早い動きで倒れる男の持ち物を確認する。武器に毒を塗る場合、自分が誤って怪我をした時のために解毒剤を持っているのが普通だ。だが、男は何も持っていなかった。

有無を言わさずヴィルヘルムの腕を引いた大熊は袖を破り、傷口の上で腕を縛ると、血とともに毒を外へと絞り出す。自分の傷を大熊へと任せると、ヴィルヘルムは矢継ぎ早に、バルロスへと生きている名無しの捕縛と、移送の指示を出した。

「彼らは怪物を待っていた。詳細を聞き出しておいてくれ。…しばらくすると意識をなくすでしょうから。あとは託しましたよ」

ぐらりと傾く肩を大熊が支える。浅くなる息と、こめかみを伝う冷たい汗。

毒に耐性をつけている身体だが、掠めただけでこの効果は少々まずい状況であるとの認識はある。心配をさせてしまうなと、脳裏に浮かぶ己の花へと少し苦い思いを抱きながらも。

ヴィルヘルムには暗くなっていく視界をどうにかする術はなかった。






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