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蒲公英と冬狼  作者: 雨宮とうり(旧雨宮うり)
二部 夜の帳と水鏡
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我儘なヤマアラシ3



「わっ」

小さな悲鳴と、ぺしゃりと情けない音。後ろを振り返れば、侍女が見事に転んでいた。めくれたスカートから顔を出す膝小僧には血がにじんでいる。

またかと、前に向き直り、止めた歩みを再開する。

この侍女はやる事は丁寧で手際も悪くないが、足が遅い。時々躓いたり、転んだりしているのも知っているが全て無視して、フェリージアは己の行動に、侍女を合わせる。

慌てれば、慌てるほどにその回数は増えていく。それを分かっていて、フェリージアは彼女の歩みに合わせるつもりはなかった。

鈍臭い訳ではないのに、歩みがひどく遅いから慌てると転ぶのだろう。

振り向かなくても、侍女が焦って追いつこうとしている気配を察して、足を止める。

振り返り黒髪の旋毛を見下ろす。

「私の花は無事でしょうね」

「大丈夫です」

…受身すら取らず、持たせた荷物を守る。膝下まであるスカートに靴下、長袖の上衣では露出しているところがないからわかりにくいが、至るところに痣が増えていっているに違いない。

痛くないわけもないだろうに、彼女はふわりと笑うから。

馬鹿な。そんなことをしても、意味がないのに。慈悲など与えない。

私はルクレツィア姉さまとは違うのだから。


ルクレツィア姉さま。

才色兼備で、慈愛に満ちた比類なき姉を、フェリージアは厭うていた。

王族でありながら、平民にさえ慈悲を与えるその寛容さ。

聡明で美しく、余りにも完璧すぎて、見習うことさえ放棄した。

なんでも手にしていると思っていた姉が人質同然の結婚でオルフェルノに向かったときには、ざまあみろと、フェリージアは胸がすくような思いさえしていたのだ。

完璧な人だから、彼女は人質を受け入れたのだと思っていた。

穏健派と言われる者達とともに王が責務を全うし、敗戦を機に今までとは違う態度で属国との歩み寄りを始めた。完璧に見えた姉が国を憂い、葛藤し、出来る事をするためにオルフェルノに嫁いだのだと、しばらくして知らされた。

フェリージアは自分を取り巻く全てのことを、何も見ようとしてこなかった。国が傾きつつあることも、王族としての責任さえも。そんな自分に気がついたから、姉に会いたいと思ったのに。

なのに、結局ここに来てつまらない意地で、姉と向き合うことができていない。

侍女たちに八つ当たり、腫れ物を触るかのような彼女たちにまた苛立ち、フェリージアは癇癪を破裂させる。

唯一、真っ直ぐな目で微笑みかける小さな侍女は、相変わらずにこにこと嫌がりもせずフェリージアの世話をしている。最近は彼女ばかり見かけるから、フェリージアの世話を他の侍女達から押し付けられているに違いない。

「断れないというのは損ね」

「…?何の話ですか?」

突然話しかけられて、花を生けている途中だった侍女はきょとんとして振り返った。

「私の相手を押し付けられたのでしょう?」

にやりと嫌味のように言えば、彼女はじっとフェリージアを見つめた。

澄んだ水の中のようなその瞳は、どうにも苦手だ。

「仕える者が主人をじっと見つめるのは不敬よ」

はっとしたように、侍女は頭を下げた。

「申し訳ありませんっ」

けれど、頭を上げるとやっぱり視線を合わせて、彼女は言った。

「押し付けられてなんていませんよ?」

「そう?私の相手は大変だろうに」

お茶は既に何度入れ直しをさせただろう。今活けている花も、午前中のものが気に入らないと、手直しをさせているものだ。

あれは嫌これも嫌、我儘を真面目に受け取る侍女を思うままに振り回すのに、彼女は全て真に受けて望みを叶えようと奮闘するから。

…そろそろ我儘も尽きてしまいそうだ。

「少し休むわ。下がりなさい」

疲れたように言うと、侍女は素直に膝を折って部屋を辞した。

しばらくして、柔らかい匂いに、彼女がそっと差し入れたお茶に気がつく。

…その味は、悔しいけれど、いつも優しい。




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