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蒲公英と冬狼  作者: 雨宮とうり(旧雨宮うり)
二部 夜の帳と水鏡
109/242

12



柔らかく響く口調、可愛らしく鈴の鳴るような涼やかな声音は、耳に心地よい。

ソファに隣り合ったまま知らず触れ合う腕と膝。

いつもであれば真っ赤になってしまうこの距離で、リュクレスは安心したようにあどけなく笑う。無意識なのだろうが、温もりを求める娘にどれほどに寂しい思いをさせていたのかと、ヴィルヘルムは少しばかりでなく不甲斐ない思いにとらわれた。

隣に座り、彼女がゆっくりと語るのは王妃専従侍女たちのことだ。

どんな人たちですか?と尋ねれば、それは嬉しそうに話し始める。

リュクレスは聞き手に回ることが多く、聞き上手だが、話すことも嫌いではない。

カナン、アスタリア、エステル、クランティア。仕事上の関わりがあるカナン、アスタリアはともかく、部屋付きの二人については書類でしか名を知らず、リュクレスの話でその人物が形作られる。どうやら、エステルと最も仲が良いらしい。お菓子の話になると頬が緩むからリュクレスも他の娘のように甘いものを好むようだと初めて知る。

好き嫌いを言わず、出されたものは本当に嬉しそうに食べていたから気づかなかったのだ。

「ヒュリティアにとても美味しい、焼き菓子屋さんがあるらしくて、誘ってもらったんですけど…」

やっぱり行かないほうがいいですよね?

小さく確認される言葉に、ヴィルヘルムは苦笑いだ。

王城から出ることは初めから諦めているようにみえるが、ただ、誘ってくれたエステルに申し訳ない気がしているのだろう。

ルクレツィアからはカナンとアスタリアにだけは、リュクレスが狙われていること、そしてヴィルヘルムの大切な人だと伝えたと聞いている。出来るだけ、ヴィルヘルムとの関係を王城では知られないようにと伝えてあるから、何かあったとき、リュクレスを助けるために、上手く立ち回れる王妃付きにだけ伝えることにしたのだろう。話を聞く限り、部屋付きの女性たちは誠実だが少し不器用そうだから。

リュクレスが王城に上がった理由も、部屋付きの侍女たちは知らないのだ。

休みの時くらい、遊びに行かせてやりたいと思う。我慢するつもりのリュクレスの肩を引き寄せた。

「何処へ行っても、俺は君を縛り付けるな」

リュクレスは首を振った。

「ヴィルヘルム様みたいに強くって、自分の身を自分で守れたなら、きっとこんなに心配をかけなくてすむのにって、思います。申し訳ないとは思っても、縛られてるとは思ってません。…困らせたのなら、ごめんなさい」

子供の頃から、親に心配をかけないようにする優しい子だったのだろう。今でも、リュクレスは人に心配をかけるのを遠慮する。笑顔で大丈夫と言って、いろんなことを我慢することに慣れてしまっている。

その我慢をさせないようにしてやりたいのに、状況がそれをさせない。

「謝罪ならいりませんが…そうですね。君から口づけが欲しいな」

リュクレスに謝る必要はないとわかっていて、ヴィルヘルムは戯れに甘えるようにそう言った。

じわりと赤みが広がり、恋人の耳や首まで見事に染まるのをつぶさに見届ける。

小さな声が、目を瞑っていてくださいとお願いするから、僅かに口角を上げ。

―――目を、閉じる。

視覚を失い、リュクレスの息遣いまで感じる。

男の花は、そっと彼の大腿に手を置き、身体を伸ばすように近づいた。

花のような甘く香しい匂い。

柔らかな感触が、頬を掠めた。

目を開く。

「こ、これで許して…ください」

目を合わせることもできずに下を向いてしまう娘が愛おしくて、男は自分の足に置かれたままの手を取った。

沸騰しそうな程、熱を帯びた顔。ヴィルヘルムはゆっくりとその表情を堪能するように、リュクレスの黒い前髪を弄んで、それから。

彼女の目の前で小さな掌に唇を落した。

その意味を、娘は既に知っているのだ。

じんわりと潤む瞳を見つめて、男は悪戯な指を細い項へと這わせる。

首を竦めるリュクレスに笑いかけながら、縛られた髪を解いた。

さらりと黒髪が広がり、その手触りの良さに満足げな表情をすると、リュクレスの身体を腕の中に閉じ込める。ヴィルヘルムの腕にすっぽりと収まる小柄な身体。

「しばらくこのままで…」

声もなく、リュクレスは小さく頷いた。

考えてみれば、初めから体温を感じる距離にリュクレスを置いて居たのだと、離宮の寝台を思い出す。

薄暗い紗の中で、ただ温もりに安寧を得て眠りに落ちる。

…この距離が最も心地よいのだと。ほかの誰にも感じない感覚を与えられて。

一緒に昼寝をするのもいいかもしれない。

少しだけ体温の上がった身体に、リュクレスが眠りの世界に旅立ったのを感じる。

まるであの頃の習慣のように、体温に安心して眠ってしまう柔らかな娘。

「君も、私の腕の中でなら安心して休めるのですね」

目の下に薄ら浮かび上がるクマに、冴えない顔色。休息の時間はちゃんとあるはずなのに、眠れていないのであれば、また悪夢でもみているのだろうか。

「もう、悪夢の入り込む隙など作らせないから、…ゆっくりお休み」


小さな囁きは夢路まで彼女を追いかけていってくれるだろうか?





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