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侍女の仕事と言えば多岐にわたる。
そのために、いくつか役割が分かれている…らしい。
王妃専従侍女も同様で、化粧や髪結いから日々の服装や装飾品などの装いの選択に至るまで王妃の身の回りのことを担う私室付きと言われる侍女と、身辺の用務に応じる個人的な補助者となる王妃付き侍女に分かれている。もっと細かく分類されることもあるようだが、リュクレスにはまだその区分の違いを覚えきれない。とにかくわかっているのは、リュクレスが王妃付き侍女としてルクレツィアの傍に仕えることになったということだろうか。
仕事内容はと言えば、謁見の相手の情報を王妃に伝えたり、王妃の予定を確認し調整したり、社交のお供をすること。文字を読むことさえ得意でないリュクレスにとってはかなりの難題である。加えて、王妃の仕事、王族の政務など、当たり前だが全く無縁の代物で、どんな内容か想像もつかない。
貴族の生活すらよくわかっていないのだから尚更だ。
私室付きのほうがまだ、仕事内容が生活に即したものである分リュクレスには想像がつきやすい。にもかかわらず、慣れない王宮での生活で、敢えて全く無縁の仕事が与えられた理由、それはリュクレスからのお願い。
リュクレスが口にした花嫁修業の言葉は冗談ではなく、将軍のためにできること、少しでも彼の仕事や、置かれている環境がわかれば何か役に立てるのではないかと、ルクレツィアに相談したからだ。
彼女はにこにこしながらそれを承知した。
ヴィルヘルムが相手をする人たちを知ること、そして文書に慣れること、王宮の礼儀作法を身につけること、社交の場がどのようなものか知ること。
指をひとつずつ折りながら、ルクレツィアが示した課題。
「早々片付く案件ではないにしろ、いつ、将軍が貴女を連れて帰ってしまうかわかったものではないですもの。中途半端にならないよう、やることを絞りましょう」
そう言われ、リュクレスは王妃付きとなった。
王妃との再会後、夕食の場で侍女長ティアナは他の専従侍女を紹介した。私室付きの侍女は二人。クランティアとエステルという女性たち。
エステルはスナヴァールの人で、子供の頃からルクレツィアの侍女をしていたという。栗色の髪に茶褐色の瞳がくるりと大きく、少し童顔に見える。結婚のために国を出た王女を心配してスナヴァールから追いかけてきてしまったというから、ルクレツィアへの心酔ぶりは相当のようだ。
そして、クランティアは黒髪に灰色の瞳のほっそりとした女性だった。表情は乏しいが、真面目な仕事ぶりとその誠実な性格を買われて私室付きとなった。王妃の陰口を冷静に一刀両断にしたところに王が遭遇して、それで気に入られたという逸話が残っているのだと、ルクレツィアが笑って教えてくれた。その時だけ、少しクランティアが決まりの悪そうな顔をしていたので、つい皆で笑ってしまった。
そして。
「貴族、紳士、録?」
「まず私たちの仕事に必要なこと。貴族の名前を覚えましょう」
でんっと机の上に置かれたのは、立派な装丁の厚みのある本だった。凶器になりそうなその記録誌の名前を目でなぞり、リュクレスは説明をくれるカナンという女性を見上げた。
真っ直ぐな金色の髪、榛色の瞳は甘く、縁取る睫毛は華やかさを纏う。その美しさに10代の頃から社交界の花だったとか。華やかな美しさは未だ健在だが、彼女の今の情熱の向かう先は仕事。恋愛よりも仕事が恋人を地で行っている人物らしいと聞くと、その眼差しになんだか納得してしまう。カナンはとても有能な文官で、重ねて社交界にも精通していることから王妃付きに選ばれたのだ。
「今、いる貴族たちの目録のようなものです。王家のものから、騎士に至るまで爵位持ちとその縁者の名前が全て載っています。王妃と面会を望むものがどこの誰か、知らないでいては、何の目的で来られるのか予測も立てられませんから」
何も知らないリュクレスに、カナンは優しく丁寧に初めから、ひとつずつ教えてくれる。
一対一で手とり足とり、とても手間のかかることをしてくれていると思う。申し訳なさと有り難さに複雑な顔をしていたのかもしれない。隣にいたアスタリアがにこりと微笑んだ。
「初めは誰しもわからないところから始まるんです。教わることは何も恥ずかしくないですから、使えるものは使ってしまいなさい」
そっけないほど割り切った言葉なのに、表情は楚々とした品格のある笑顔だ。その隔たりに少し驚く。
癖のある豊かな金髪は綺麗にまとめあげられ、虹彩に緑の混じる青い瞳を持つ美しい容貌は、まるで絵本の中の姫のように輝かしい。王によく似た色の髪は偶然ではなく、アスタリアが現王の血縁であることを示す。王の従兄妹である彼女は、王族に連なる者として、好奇心ではなく、この国に対する真摯な思いから王妃付きに自ら願い出たという。
美しい淑女でおっとりして見えるが、エステル曰くこの中でたぶん一番黒い人らしい。
「怒らせると怖いよ」と聞いて、震えていたらにっこりと微笑まれ、「可愛らしいものは好きなので大丈夫ですよ」と言われたことが、さらに怖かった…なんて言えない。
皆20代も半ばらしく、才気に溢れ、落ち着きも美しさも兼ね備えた大人の女性たちだ。
その中にいると、リュクレスは外見も中身も本当に自分が子供だと自覚する。
見た目は変えられない。だから、落ち込む前に、せめて中身だけでも磨いてヴィルヘルムの傍に居て恥ずかしくない自分に少しでも近づけるよう努力するしかない。
不釣り合いであろうとも、リュクレスはヴィルヘルムの傍に居たいと望んでしまったから。
4人の侍女たちはとても寛容に、暖かくリュクレスを迎えてくれた。
真面目に仕事を覚えて、王妃の侍女として役立てるよう頑張ろう。自分のすべきことをちゃんとやり遂げようと、リュクレスはこっそり一人奮起していた。




