Ⅱ
この話には魔法があります。この話では戦争しています。この話は魔法を魔法を使い、戦争を生き抜く、一人の女性のお話です。
戦況はリトス国の方が優勢。理由はリトス国側、つまりテア率いる編隊はテア含む五人の内三人が魔闘士、一人が魔導士、一人が闘士だからである。反対にアントス国側の編隊は、人数は十人ほどだが、内二人が魔闘士、内三人が魔導士、残りの五人が闘士である。つまり戦場で一番強い存在である魔闘士の人数が多いリトス国側の方が優勢というわけである。
しかしそれは単純に魔闘士の頭数を数え、出した机上の作戦のみで語られる戦況の結果であり、現場の戦場においてそれは確実とはいえない結果である。魔闘士の事を考えなければ人数が多いアントス国側の方が優勢と言える。この場の争い、どちらが勝ってもおかしくない状況と読める。絶対的な力を持ち、戦況など望むままに出来る者がどちらにもいない限り。
しかし今その存在がリトス国側に在った。その存在こそ〝五貴石〟テア・オブシディアン。
襲いかかって来たアントス国兵の半分をテアは息も付かぬ間に叩き伏し、隊を率いる魔闘士に向かう。一度に倒すことにより相手側の戦意喪失と味方の負担を減らす。まさに絶対的な力だからこそなせる神技。そしてまた、
「グアァァァァ!」
隊を率いる初老の男性魔闘士に止めの一撃を振るう。強い相手だった。目立つ傷こそ受けていないが、テアの衣服の至る所に相手が入れた切れ込みがある。中には身体にまで達しているものもあり、ところどころ血が滲んでいる。自身も息が上がっている。
リトス国側は二人の闘士の相手をしていた闘士が負傷しているが、命の心配はない。
「グルク殿! っくそ!」
リトス国の最年少魔闘士 リトと戦っていた青年魔闘士がリトを吹き飛ばし、テアに向かってきた。息が落ち着いてきたテアがそちらを仰ぐ。
「……リトを吹き飛ばしたか」
ガキィィィ!!
対峙し互いの剣が交わる。勢いが込められ打たれた剣を受けその間には火花が飛び、突風が吹き荒れ、テアのフードが脱げる。テアも少し押されるが飛ばされることはなかった。そして表情があらわになったテアの瞳には見る者を委縮させる強い光が宿っていた。
「しかし、私はそうはいかない!」
剣を弾き距離をとる。相手はすぐに向かってくるがテアもすかさず左手に持つ杖を掲げる。
「何びとの制約を受けぬ風よ、彼の者の動きを止める旋風となれ!」
風を利用した捕縛術で相手の動きをわずかながら封じ、その隙をついて相手を切り伏せようとした。が、テアの剣は彼の首の皮一枚で止まった。その光景を遠目から見ていたリト、またその攻撃の標的である青年は何故止めたか不思議に思った。
青年は不思議に思うのは一瞬でとりあえず助かったことに安堵した。集中力を切らしたこともあり、テアが言ったことをちゃんと聞き取れなかった。
「……え?」
何かを言ったことはわかり、テアの方を向くが俯いていて表情が見えない。動こうにもテアの剣はまだ青年の首筋にぴたりと突きつけられている。
青年がどうしようかと悩んでいると、テアの顔がそちらに向けられる。その表情には怒りの感情が窺える。そして先程言ったことをもう一度はっきり口にした。
「お前は魔闘士ではないのか!? なぜ捕縛術が解けない? その剣に付いた魔法石はただの飾りか!?」
「……それは」
「まだ十三のリトでさえ解ける魔法だ! ……さてはお前魔法がろくに使えないのか!?」
青年は痛いところを突かれ、うろたえた。本当を言うと青年は一ヶ月前までただの剣士の闘士であった。それが一ヶ月前、戦場に落ちていた魔法石に触れ、それが光り輝いたことで己に魔力があるということがわかった。
それから約一ヶ月修行し、やっと先日攻撃に魔法を乗せることが出来るようになった。リトを吹き飛ばしたのも、テアとかちあった時の突風もそれである。多少の防御魔法も身につけ、いまだ未熟ながらも今回が魔闘士としての初陣であった。
青年はうろたえを隠そうとしたが、観察力に優れすぐ目の前で凝視していたテアには隠しようがない。
「……魔法もろくに使えない、魔闘士だと……?」
捕縛の風の質が変わる。テアの眼光の鋭さもより際立つ。
「そんな奴が戦場になど来るな! 帰れ!!」
動きを封ずる風は青年の身を包む風へと性質を変える。空間転移術の前兆。感情の赴くままに叫ぶテアの顔は見ているだけで辛くなるような、泣きそうな顔をしていた。
「帰れーーーー!!」
風が青年をすっぽりと覆い、その中から一瞬で消える。青年の姿が消えると同時にその身を包んでいた風は霧散し、そこに人がいたということさえ思わせない。
「テア様!」
風が霧散すると同時にテアが片膝をついた。顔は蒼白く、息遣いも荒い。リトが心配そうに駆け寄ってくる。
「……やはり、言霊、なしは、……きついな」
誰に言うでもなく息も絶え絶えにポツリと呟いた。
一方、魔闘士が二人ともいなくなったことを知ったアントス国兵の生き残った二人の魔導士は空間転移術を使い、その場から早々と消えた。その場に残ったのはリトス国の五人の兵士と、アントス国の七人の亡骸だけである。
「……私たちもここから引き上げ一旦本部に帰還しよう。……ちょっと、疲れた」
リトに支えてもらい無理やり立ち上がったテアは他の三人に言った。そして亡くなった七人の兵士に対し、黙祷を静かに捧げた。
リトが負傷した闘士の応急処置をしている間、他の三人はテントを片付ける。片付けが終わり、本部に帰還しようと空間転移術を展開し始めた時、
「お前たち先に帰っていてくれないか。私もすぐ帰り、あとで必ず行くが、本部に報告もしておいてくれ」
と言い、テア、そしてリトもその場に残り他の三人は先に帰還した。
「……先に帰っていてもよかったよ」
一緒に残ったリトに先ほどまでとは口調が少し柔らかくなりながら言った。
「わたしは自他共に認めるテア様のお付き魔闘士です! いつもそばにいたいのです。わたしが」
それに、と続ける。
「いくらテア様でも七人もいると、大変だと思いましたので」
フードを被りながら少し顔を赤らめ、
「……ありがと」
と言った。
テアが残った理由、それはこの惨状を少しでもましなものにするため。亡くなった兵士たちが少しでも報われるように、亡骸を清める。
リトも始めは驚いた。敵国の者にそこまでする必要はあるのかと、その時に聞いた。テアは当たり前のように、このままだとかわいそうだから、死者に敵も味方も無いと、そう答えた。その後には決まってバツの悪そうな顔をして、結局はただの罪滅ぼしだがな、と言う。
二人は黙々と作業した。七人を並べ、目が見開かれていれば閉じ、顔の汚れをぬぐう。そして各々の武器を持たせた。もちろん誰がどの武器だったかはテアがしっかり覚えている。
「……これであらかたOKですね」
手を組み、膝をつき、目を閉じ、七人の冥福を祈るテアにリトが言った。
「……ああ、しばらくしたらアントス国の者たちが彼らを国に連れて帰るために来るだろう。私たちの仕事はここまでだ」
祈りを終え、立ち上がりながらテアはそう答えた。そしてこれから来るであろうアントス国の兵と会ってしまわないように、また先に帰った者たちに心配を掛けないように空間転移術で本部に帰ろうとした。しかし不意に足もとから聞こえた呻き声に言霊を止めた。
「驚いた、殺したと思っていたのに」
うめき声の出所は先程の戦いでアントス国兵を率い、テアと戦い接戦の末切り伏せられた、テアがどこかに転移させた青年魔闘士がグルクと呼んでいた、初老の魔闘士であった。
「……ここは?」
息苦しそうに、おそらく独り言のつもりで言った言葉。
「先程戦場だった場所」
それにテアは返した。男は驚いた様子でテアの方を身体が痛むのかゆっくりと振り返る。
「しばらくしたらアントス国の者たちが来てくれるでしょう」
男はしばらくじっとテアを見つめる。それからリトを見て、綺麗にされて自分と一緒に並んでいる他の死んでいる仲間たちを動かない身体を必死に動かし見た。
「お前たちがやったのか?」
やった事とは綺麗になり、並べられていること。そしてそれぞれの武器がちゃんと手に収まっていること。手の感覚がはっきりしていないが自分の手にも収まっていることが確認できる。テアは否定することでも、ましてや肯定することでもないと思ったのでただ黙っていた。
「……そうか」
相手は黙っていることを肯定と取ったのだろう。静かに頷いた。結局この場に立っている者はテアとリトしかいないのだから二人がやったとしか考えられないということもある。
「……敵兵であるのにか?」
男は鋭い目で睨み上げながら問うた。
「……死者に、敵も味方も無い。あるのは悲しみだけ。あのままではかわいそうだったから」
テアは考え込むこともなく、すでに頭にあった言葉を述べた。それはかつてリトにも言った言葉。
「そうか。……名を聞かせてくれんか? わしはグルク・エルム。アントス国が〝三麗華〟の一人、魔闘士を統べる者じゃ」
男 グルクの言葉にテアは静かに驚いた。リトはすでに言葉も出ないようだ。
「……私はテア・オブシディアン。リトス国が〝五貴石〟の一人。こちらの魔闘士はリト。私の側近を務めている」
物おじせず答えるところ流石はテア。身に付いた習慣でフードを取ってから答えた。しかしグルクはそう驚かなかった。
「やはり五貴石、しかもオブシディアンとは……その格好、噂に聞く通りだ」
「こちらこそ、まさか三麗華の一人とは。どうりで強いはず」
「それはこちらのセリフだ」
その言葉には苦笑いするしかなった。
〝三麗華〟とはアントス国で闘士、魔導士、魔闘士のそれぞれの頂点に立つ者たちの総称。三麗華の称号を得るということは、つまりどれかの最強になるということ。つまり三麗華の称号をもつグルクはアントス国の魔闘士のなかで一番の強さを誇る存在と言うことである。
対して〝五貴石〟とはリトス国の戦場で魔闘士と初めて名乗り、魔闘士を戦場で一番強い存在へと持ち上げた五人の総称である。この五人がいなければ現時点で魔闘士と言う存在はなかっただろうし、ここまで強い存在であると、世界に認識されなかっただろう。
つまり、今まさにそれぞれの国の幹部と言える存在が顔を合わせたといえる。
「……それにしても、歳には勝てんな」
グルクが愚痴をこぼした。当然であろう、見かけですでに初老の男。全盛期であれば勝てなかっただろうともテアは感じる。
「そういえば、グラエはどうした? ……殺したか?」
死体の中にグラエと言う者の姿が見えないことに気付いたのか、ふとテアに尋ねた。『殺したか?』というところには鋭さを感じた。
「……グラエとは、魔法もろくに使えない魔闘士の事ですか?」
グルクが無言でうなずく。
「彼なら、殺しませんでした。……はっきり言うならば殺す価値など無かったので空間転移術でこの場から追い出しました」
彼は安心したように、そうか、と頷く。
「……現在アントス国は彼のような録に魔法も使えないような者を魔闘士として戦場に出すほど兵士の数が減っているのですか?」
テアは疑問に思っていること、そして先ほどから憤りを感じていることを質問する。
グルクはため息をついた。
「まあな……しかしそれはお互い様だろう。そしてグラエは……まあ、しょうがないのう。つい一月前に魔力を持っていることがわかったばかりだった。元は闘士だ」
「それで……」
テアが頷いたすぐ後、テア達から少し離れた所に不自然な風が巻き起こる。アントス国の者だろう。
「アントス国の者たちが来たようなので私たちはこれで。……話ができてよかった。あと、一週間ほどこちらからは攻めないようにします。彼らの弔いをしてやってください」
風を感じ取り、急いで言うと空間転移の術を展開し始める。
「色々すまない、助かった」
お礼を言われるとは思わなかったのだろう。少し目を瞠り、頭を下げた。
「いえ……」
テアとリトは風に包まれ空間転移する。アントス国の兵士たちはテア達が消えた直後姿を現した。
「まさかあのような者がリトス国にもいようとはな……」
グルクは独り言を呟いた。その言葉は風に流れて消えた。
戦争らしく戦いが始まりました。タイトルを付けるのならば、
五貴石と三麗華
戦争ほど無意味なものはありません。あとで弔うぐらいなら殺さなければいいのにと思ってしまいます。それでもテアは戦い続けるしかなく、戦った結果で人を殺してしまっただけです。だって殺さなければ自分が殺されてしまうから。
多くの矛盾を抱えながらそれでもテアはもう止まることができないんです。