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怪虫都市  作者: 田中太郎
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泥沼

 泥沼だ。

 古びたアパートの自室にて。

 拓郎は、自分の生活を省みて、そんなことを思った。


 大学を卒業してから一年間のフリーター生活。日々食うだけの金を稼ぎ、ぼろアパートの一室で慎ましい生活を送っている。

 

 自業自得だ。それは自覚している。

 大学とは、学生が勉学に勤しむ場所。在学中に就職活動など馬鹿げている、などとのたまっていたことを今更後悔したところで、一銭にもならない。

 とにかく、今は新たな食い扶持を探さなくてはいけない。

 一度、深呼吸。

 すかさずちゃぶ台の上の携帯電話を手に取り、求人情報誌に書かれた電話番号につないだ。

 「あの、求人情報誌を見てお電話させてもらったのですが~」

 

 こういう事は、勢いが大事だ。二十三にもなって、電話一つに緊張するというのも情けない話だが、それが山田拓郎という人物を語る上で忘れてはならない重要な要素の一つであることも、また事実である。


 「はい、はい……そうですか。いえ、どうも。では、失礼し……」

 台本通りの台詞を言い終わる前に、切られる電話。ため息をつき、携帯電話をちゃぶ台の上に放る。


 「はは……。やっぱりな」

 薄汚れた畳に、ごろりと寝転ぶ。

 自嘲しながら、それでも拓郎はどこかほっとしていた。

 

 そもそも人付き合いが苦手な拓郎にとって、会社の一員としてグループの中で働くことなど、苦痛でしかないのだ。就労意欲など湧くはずもない。

 かといって、独力で新たな道を拓こうなどという開拓精神も、生憎持ち合わせていない。


 結局、日雇いのバイトや、期限付きの派遣社員として工場で黙々と、機械のような単純作業をこなす日々である。

 その工場も、先週で期限切れ。今は完全な無職であり、かなり切迫した状況に置かれているのだが、身に迫っているはずの危機感は、あまり実感として湧いてこない。


 自分はこのまま、全てを失って死んでいくのだろうか。それはそれでいいのかもしれない。誰とも関わらないでいいし、面倒な仕事を続ける必要も無い。


 そんな現実逃避気味の思考がぐるぐると、頭の中を駆け巡る。

 

 が、これではいけないと言い聞かせ、再度電話申し込みに挑戦する決心をする。携帯を掴み、先ほどの求人情報誌に手を伸ばす。

 

 勤務地、仕事内容、待遇、資格不要。これらの条件を満たすものを、最初に五つピックアップしていた。半日をかけてこの内の四つに電話を入れ、全て断られた。残りは一つ。

 「害虫駆除、か……」

 それは紙面の一番端、小さなスペースに載っていた。会社名、「グリーン環境サービス」。青いキャップを被った男が二人、笑顔で並んでいるイラストが真ん中に描かれており、あとは電話番号、仕事内容などの情報が手短に書いてある。

 「『まずはお電話を』……か、よし」

 気合を入れて、携帯の番号を押す。通話ボタンを押すのに少し手こずったが、「この電話さえ終われば、今日の課題はクリア」と自分に言い聞かせ、ボタンを思い切って押し込んだ。

 相手が出るまでの数秒、呼び出し音を聞きながら、押し寄せる不安に押しつぶされそうになる。

 ああ、どうか。 どうか、すぐに断られますように。

 「はい、こちら『グリーン環境サービス』です」

 出た。若い女性の声だ。

 「あ、あの……求人情報誌の募集を見てお電話させてもらったのですが……」

 上ずった声で決まり文句を読み上げ、相手の反応を待つ。

 が、相手の返事は無かった。流れる沈黙。

 「あ、あの……」

 「『害虫駆除作業員』への応募ですか?」

 「え?……あ、はい。そうです」

 「わかりました。では、説明会を兼ねた選考会に参加して頂く事になりますが、都合の良いお時間はありますでしょうか?」

 「えっと……僕は、そのいつでも」

 「わかりました。それでは、明日の午後一時からは大丈夫でしょうか?」

 その後も、女性は淡々と案内と説明を続けた。僕は相手の言うことのメモをとるのに必死で、否応無く明日の説明会兼選考会に参加しなければならなくなった。

 「では明日、お待ちしております」

 その女性の一言で、その通話は終了した。

 ふうっ、と大きなため息がでる。電話一つでこんなに気力を消耗する僕に、この仕事が務まるだろうか。

 とりあえず、今日やるべきことは全てやった。人事を尽くして天命を待つ。全ては明日の面接で決まるのだ。その先のことは今考えても仕方が無い。

 

 「どうせすぐに不採用さ」という本音と、腹の虫に耳を塞ぎ、その日はただ泥のように眠った。





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