真樹がいるから
着替えを終えて、病室を出ようとしたわたしに光輝がポツリ、ポツリと話し出した。
「真樹が……俺に特別な感情を持ってることはずっと前から気付いてた。そんな真樹との関係が心地いいとも感じていたよ。でも、中学の頃の練習試合で、沙都ちゃんを見かけて……沙都ちゃんね。前に居たT学園で好きだった子に似てたんだ」
「T学園で?」
「うん。俺がそれまで生きて来た中で、一番充実していた時に好きだった子にね」
「光輝……」
「とても、華やかだったよ。少年野球の全国大会で競い合ったライバルたちが何人も集まっていて、野球をする為の最高の設備が整ってさ。先輩たちは、日本でも有数の有名校から推薦を受けて卒業して行くし。最高の環境だったと思ってた。日本中から注目を浴びている学園での生活が、俺にとっては、最高の時期だったんだ。でも、親父の浮気と離婚のお陰で、その全ての物を失ってさ。転校した先の中学は、グラウンドは荒れ放題だし、まともにキャッチボールさえできない部員もいた」
「緑中での学校生活は本意じゃなかったってこと?」
「うん。T学園での一番キラキラした時期に好きだった子に似ていた沙都ちゃんに、しがみ付きたかったんだと思う。入学式で沙都ちゃん見た時、正直舞い上がってた。そんな沙都ちゃんが、彼女になってくれて、必死に俺につくしてくれて、嬉しかったけど、何か……違ってた」
「違ってた?」
「沙都ちゃんが俺に差し入れしてくれるお菓子とか、ジュースとか……それはさ。全て……畑野が好きなモノじゃないのかって」
「畑野君?」
「すっごく、ずれてんの。沙都ちゃんの基準は全部畑野なの。自分では気付いてないだろうけど、男の子はこう言う物が好きだろうって……あれ、畑野を基準にしてるんだろうな」
まだ、上半身裸のままの光輝が声を震わせて泣き始めた。
「それをね……これは好きじゃないって言えない自分がいたんだ。無理して、沙都ちゃんに合わそうとしている自分がね。真樹になら、何でも我儘言えるのにね」
そう言って立ち尽くしていたわたしの腕を引き寄せて来て、ギュッと抱きしめてくれた。
「真樹の気持ちをいいことに……こんなことしてごめん。俺って最低な男だよね」
「光輝……」
「真樹の俺に対する気持ちが、重かったんだ。押し付けた思いじゃなかったけど、それも全部受け止められない自分がいて、真樹に甘えてた」
「光輝……」
「でも、今、真樹と抱き合って気付いたんだ。俺にとって必要なのは、沙都ちゃんじゃなくて、真樹だってことに。自分の全てを受け止めてくれるのは真樹しかいないって気付いたんだ」
「光輝……」
「これからもずっと、俺を見ていてくれないか?」
「それって……自惚れ?」
「うん。真樹限定の自惚れ」
「何……それ?」
何時でも、わたしの心をかき乱す、手の掛る転校生だった光輝。
それは、今でも変わらない。
わたしは……光輝が好きだ。
「でも、光輝はまだ、沙都ちゃんが好きでしょ?」
「うん。今はね……でも、忘れる自信はある。真樹がいるから」
筋肉質の胸に閉じ込められたまま、ゆっくりと眼を閉じた。
そして、もう一度聞こえた。
「真樹がいるから……」