真樹が欲しい
次の日、光輝が事故にあったと聞かされた。
光輝に対しても、彼女に対しても、この上ない憤りを感じた。
それを、抑えることが出来ず、彼女にも、光輝にも強く当ってしまった。光輝は、彼女を庇った。全て自分のせいだと、彼女を庇った。
わたしの光輝に対しての特別な思いを知ってか知らずか、彼女を庇った。
光輝の言葉はわたしを悲しませただけだった。
それからは……光輝の病室を訪れることはなかった。
野球部員たちからの噂で、彼女が毎日病室に通っていると聞かされた。
あの光輝と特別な時間を毎日過ごし、二人の間に信頼と言うものが生まれているのは確かで、その事実が、この上なくわたしを苦しめた。誰より、光輝を近くで見て来たわたしにとって、受け入れなければならない現実だった。
そんなある日、町で偶然自転車に乗った彼女を見かけた。病院からの帰りだったようだが、久しぶりに見かけた彼女は……光輝の傍にいるにも関わらず、とても幸せそうには見えなかった。
あの、キラキラとした人を魅了する笑顔が消えていたのだ。げっそりと痩せて、まるで、抜け殻のように思えた。
光輝が心配になった。
そして……久しぶりに光輝の病室を訪れた。
病室には、余裕をなくして、凹んだ様子の光輝がいた。
差し入れに持って来た缶コーヒーを飲んでいた光輝に居ても立っても居られず
「彼女と何かあったの? 元気ないね」
そう問いかけた。
すると、ベッド脇に立つわたしの腕を光輝がいきなり掴んで来て、ベッドへと引き込まれた。身体のバランスを失ったわたしは、そのまま光輝のベッドに倒れ込み、天井を仰ぐ形になった。
「なんでも見透かす真樹が気に入らないんだよ!」
怒りに満ちた声でそう叫んで、いきなり唇を塞いできた。
光輝の奇行が信じられなかった。
何が何だか分からず、茫然としていた。
荒々しいキスを繰り返されても、何も抵抗出来ずにいた。
夢にまで見た光輝からのキスは、例え彼女への身代りだとしても、それでもいいと思った。
どれほどの時間、そうしていたのだろう。我に返った光輝が、わたしから離れようとした。
「ごめん……俺……」
「光輝は……わたしの気持ち、知っているんでしょ?」
「真樹……」
「答えてよ。光輝がわたしに対してなんの特別な感情を持ってないのは知ってるわ。そんな感情が微塵もないからこんなことできるんでしょ?」
「真樹……」
「大事な彼女には……強く出来ないから……わたしなら、こんな強引なことして、例え怒りだしても、自分は傷付かないから……」
嗚咽が出て来て言葉にならなかった。
「ごめん……真樹、ごめん」
手で顔を覆い泣き出したわたしを光輝が抱きすくめて来た。
そんな光輝の背中に腕を回してしがみ付いた。
「それでも……わたしは光輝が好きなの。だから、彼女の変わりでいいから、傍に居させて欲しい」
自分でも驚くような言葉が出てしまった。二年間抑えていた思いが、光輝から受けたキスのせいで、一気に溢れ出たのだ。
「こんなこと……光輝に言っても困るよね」
「俺は……真樹のこと、大事に思ってる。どうなってもいいだなんて思ってない」
そういいながら、再度唇にキスを落として来た。
「嘘……」
「嘘じゃない。俺を、全て受け止めてくれるのは真樹しかいないって……今、気付いた。酷いことしても、俺にしがみ付いてくれるのは、真樹だけだって……」
泣きながらしがみ付いたわたしの身体に、光輝がゆっくりと触れて来て、首筋にキスを落とし始めた。
「今、どうしようもなく、真樹が欲しい」
「光輝……」
それからの光輝は、まるで、わたしを貪るように顔を埋めてきた。
閉ざされた薄暗い病室内で、光輝の荒い息だけが響いていた。
質感の違う身体同士が触れ合い、ぶつかり合った。
お互い顔を見合わせては、何度も抱き合っていた。
幸せだった。例え、光輝の気持ちは彼女に向けられていたとしても、彼女の身代りでも、わたしにとっては……幸せなひと時だった。
気持ちは無くても、今、光輝の目に映っているのはわたしなのだから、これが例え最初で最後でも、それでもいいと思った。