光輝の異変
「はい。ついでに買って来て上げたよ」
「おっ! サンキュー」
光輝は火曜と木曜の昼食は売店で缶コーヒーと焼きそばパンとクリームパンを買って済ます為、こうしてたまに買って来て上げたりする。
「次の授業、移動だよ」
「忘れてた。って教科書も忘れた」
「隣のクラスの子に借りて来て上げようか?」
「いいの?」
「喜んで貸す子いるんじゃないかな」
授業内容により、教室の移動がある場合は必ず声を掛けないと忘れているし、こうしてよく教科書を忘れる時も多い。
「ごめん。これ、また穴が開きそうなんだ。縫ってくれる?」
手芸部と言うこともあり、練習用のユニフォームが破れにくくするための補強を頼んで来たりする。
隣に座る転校生は、意外と手の掛る男の子だった。
三年に進級しても、学校側の陰謀なのか、同じクラスとなり、そんな関係がそのまま続くことになった。
それから月日が流れて、わたしと光輝は同じ高校へと進学した。
担任は前期推薦枠への進学を勧めたが、そうなると、スポーツ優待生として入学した光輝とは、確実にクラスが離れてしまうので、通常入試を受けての進学だった。
そしてわたしは、高校に入学すると同時に野球部のマネージャーになった。
光輝は、マネージャーになったわたしに驚いていたが、
「真樹には合ってるよ」
「自分でもそう思う」
相変わらず可愛げのない自分がいた。
マネージャーの仕事は結構大変だった。 三年生と二年生の先輩たちが一人ずつ。
そんな先輩たちの後に付いて回り、一つ一つ仕事を覚えた。ジャグづくりや硬球ボールのほつれなおしや、ピッチングマシンへの玉入れにスコア付け。
それなりにやりがいを感じていたし、光輝の姿を近くで見られることの喜びのほうがなにより大きかった。
毎日、グラウンドの中で光輝を見ていて気付いたことがあった。
たまに手を休めて、一定方向を見ている時があった。視線の先は、チアリーディング部の団体。確かに人目を惹く団体ではあるが、光輝はその中の誰かを捜しているような目を時折向けて居たのだ。心がズキンとした。中学の頃、転校して来た当初から、わたしになついていて、甘えて来ていた光輝が、誰かを捜している。
それは、考えたくない事実だった。
光輝は、その誰かに恋をしている。
そう感じたのだ。わたしに向けるものとは違う特別な色合いを持った視線。
二年間、光輝だけを見て来たわたしにとっては、大変ショックなことだった。
光輝との関係を壊したく無い思いだけで、告白もせず、ただ、見守って来たわたしには、これほどショックなことはなかった。
三カ月後、光輝に彼女が出来たと聞いた。
それも光輝が自ら告白したと聞いて、眼の前が真っ暗になった。
相手の子は、やはり、チアリーディング部の子だった。
わたしとは正反対のタイプの子。
誰にでもキラキラと笑い掛けて、誰にでも好かれるタイプの子だった。
アイドルのように取り分け可愛いと言うわけでもないが、人を惹き付ける何かを持ち合わせた子だった。
どちらかと言えば完璧主義のわたしから見れば、誰にでもいい顔の出来る流されやすいタイプに思えた。
光輝は彼女のどこが好きなのだろうか?そして、彼女も光輝に対して、どれほどの思いがあるのか、どちらも疑問に感じた。
別々のクラスで、一度も接点のない二人。
彼女は、光輝の何を知っているんだろう。
わたしは……彼女の何倍も光輝を見てきている。
光輝のことならなんでも分かる。
それなのに、光輝の傍にいることを許されたのは、わたしではなく彼女だった。
光輝のわたしに対しての思いはどんなものなのだったのだろうか?
彼女と手を繋いで校門を出て行こうとしている光輝の広い背中を遠巻きに見ていた。
わたしは、光輝にとって、ただ……世話好きの、まるで母親のような存在。
忙しい母親の穴を埋めるだけの存在でしかなかったのだ。
「バカみたい」
大好きだったあの笑顔は、今は彼女にだけ向けられている。
光輝の目には、もう彼女しか映っていない。