意外な一面
「それって……もしかして手作り?」
女子数人で、光輝の話題で盛り上がった昼休みを終えて席に着いた時、朝依頼、何も話さなかった光輝がそう話しかけきた。
光輝の視線の先にあったのは、自分で作ったフェルト生地のアニメキャラのストラップ。
携帯電話に付けているもので、カバンからピンクの帽子を被ったトナカイだけが出ていたのだ。
「うん。自分で作ったんだ」
「ちょっと、見せて」
光輝がその長い手をわたしの席へと伸ばして来た。
中学では携帯の持ち込みは禁止されていたので、隠すように光輝に手渡した。
「へえ。手、器用なんだね」
綺麗に切りそろえられた爪先で、フェルト生地を撫でる。
「器用じゃないけど、作るのが好きかな」
「ううん。上手く出来てる」
そう言って携帯を返してくれた。
「同じの作って上げようか?」
「いいの?」
驚いたように目を見開いて光輝がわたしの顔を窺う。
「うん」
「じゃあ、お願いしようかな」
そう言ってカバンの中から次の授業の教科書を取り出し、机の上に並べ始めた。
まるで定規を使って引いたような綺麗な横顔。二月の乾いた日差しを浴びてわたしの目に飛び込んできた。クラス内でもカッコイイと思う男子生徒はいた。いたにはいたが、それはさっき噴射されたミストのように消えた。
この時から、隣に座った転校生が、一人切りのこの席が大のお気に入りだったわたしの日常を大きく変え始めた。
放課後、グラウンド内にあるバックネット裏にヤケに人だかりが出来ていた。男子、女子問わず、担任、教頭、校長先生までいる始末だった。
この大騒ぎは全て青木光輝の練習風景を見る為だった。
弱小野球部として有名だったこの中学校に突如として現れた、いわゆるスターとでも呼べる逸材にみんなの関心が集中したのだ。
授業が終わるなり、クラス中が駆けつけると言うので、わたしも負けずと、この見学会に参加し、バックネット裏の隅で見守っていた。
そんな中で光輝とストラップを作る約束を交わしていたわたしは、ちょっとした優越感に浸っていた。
当の本人も、まさか自分がここまで注目されるとは思っていなかったようで、何か縋るものが欲しかったらしく、練習用のユニフォームに着替えた光輝が、わたしの方へと走り寄って来た。当然人だかりの視線はわたしに向けられた。
わたしのセーラー服の端を掴んでバックネット裏から少し離れた場所へと連れ出して来た。
突然のことで驚いた。
そして、小声で呟いて来た。
「ねえ。この中学の野球部っていつもこんなに部外者に注目されているの?」
「はあ?そんなことあるはずないじゃない。みんな、青木君を見に来てるんだよ」
「そんな感じはしてたんだけど、まさか校長や教頭とかさ……異常だよ」
その長身からは似合わないような弱気な発言だった。
「野球とかサッカーって特別注目されるからじゃない」
「あの、悪いんだけど……ごめん。名前誰だっけ?」
「黒川真樹」
「じゃっ真樹ちゃん。監督の集合掛るまで一緒にいてよ。俺が動く度に視線が纏わりついてどんな顔していいか分かんないし」
注目を浴びる人間は、注目されたくない人間だったようだ。