第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その60)
「夜中の3時前だった・・・。突然、寝ていた部屋、そう今孝が使っているあの部屋なんだが、窓ガラスがガタガタガタって鳴って・・・。誰かが外からその窓を外そうとしているような感じだった。
それで、お父さん、飛び起きた。で、そっと窓のほうへ近づいて行ったんだ。」
父親は、まるで怪談話でもするかのように声を落として言う。
「怖くなかった?」
孝は意地悪な質問をする。
「もちろん怖かったさ。何と言ったって、まだ小学生だったんだからな。
ただ、その瞬間は、お爺ちゃんとお婆ちゃんがいないってことを忘れてて、いざとなれば、大声を出せば良いなんて考えてたんだ。
ところがだ。窓の傍まで行ったとき、ようやくお父さんひとりっきりだってことに気がついたんだ。」
「そ、それで?」
「でも、その窓がどうやら強い雨と風にガタガタ言ってるんだってことが分かって・・・。
で、お爺ちゃんが『嵐が来る』って言ってたのを思い出したんだ。
それからが大変だった。」
「ん?」
「まずは、その窓の雨戸を閉めてから、今度は1階に下りて家中の雨戸を順番に閉めて行ったんだ。
今は、ステンレス製の雨戸に変わっているんだが、当時はまだ木の雨戸だってな、非常に重たかった。おまけに雨が次第に強くなってて・・・。それでも、それをひとつひとつ閉めて行ったんだ。
そん時にゃあ、もう怖いなんて気持ちは無くなってて、ただ家を守らなくっちゃって思うだけだった。
お爺ちゃんに『家はお前に任せるから、頼むぞ』って言われてたからな。」
「へぇ~・・・、やるもんじゃない?」
孝は、感心したのが半分、冷やかしの気持ちが半分で、そう言った。
幸いなことに孝自身はそうした経験はなかったが、もし自分が小学生の時にそんな場面に出くわしたとしたら、父親のようにてきぱきと対応できたかは自信がなかった。
「怖いと言えば、それから以後の方が怖かったかもしれん。この広い家にたったひとりだったんだからな。
一応は家中の雨戸を閉めて、玄関扉やトイレ・風呂の小窓も閉まっているかをちゃんとチェックしたんだが、それでも風と雨が激しくってな。そう、まるで台風が来たときのようだった。
閉めた雨戸がバチバチバチって鳴るんだ。雨が叩きつける音なんだが・・・。
おまけに、時折、誰かがその雨戸を叩くような音までするようになってきた。
お父さん、一旦は自分の布団に戻ったんだが、とても眠るような気持ちにはなれなかった。それで、誰もいないこの台所に下りてきて、そう、丁度孝が座っている場所でじっとしていたんだ。」
父親は、まるで昨日のことのようにありありとそのときの様子を語ってくる。
(つづく)