第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その58)
「確か、お父さんが小学校6年生の春休みだったと思うんだが・・。
ある日の夕方、もうその日の作業は終わりだという頃になって、突然、お爺ちゃんが『家に帰ってお母さんを呼んで来い』って言うんだ。つまりは、お婆ちゃんを呼んで来いってことだ。
『何でだよ!』って文句を言ったら、『つべこべ言わずにすぐに呼んで来い』って怒鳴るんだ。あんなに怖い顔をしたお爺ちゃんを見たのは初めてだった。
で、お父さん、渋々自転車で家に帰ったんだ。そして、『お父さんが怖い顔して呼んでる。すぐに来いって』とありのままを伝えたんだ。」
父親は、まるで絵本の昔話を読んで聞かせるようなゆっくりとした口調で言う。
「そ、それで?」
孝もその昔話の世界に入り込んだように訊く。
「そうしたら、お婆ちゃん、夕飯の支度をしていたのに、すべての火を消してから戸締りをして、軽トラックに飛び乗ったんだ。で、訳が分からなくってぼけっとしていたお父さんに『何してるの、一緒に来なさい』って・・・。」
「一緒に行ったの?」
「仕方がないだろ? 家の鍵を掛けられたんだから・・・。留守番をしてるとは言えなかったんだ。
で、その車の中でお婆ちゃんに聞いたんだ。『どうして、こんな時間から行かなきゃいけないの?』ってな。お父さん、お腹がペコペコだったからな。
そうしたら、お婆ちゃんが言ったんだ。『こんな時間にだからこそ、こうして急いで行くんだ』って。
つまりは、こんな時間なのにお爺ちゃんが果樹園に呼びつけるってのは、余程のことがあるからだって・・・。」
「な、なるほど・・・。それで、一体何があったの?」
孝は、それが祖父の超能力と関係しているのだということだけは何となく予想していた。
「果樹園に着いたら、お爺ちゃんが倉庫からロープの束とたくさんの土嚢を運び出しているところだったんだ。
それを見たお婆ちゃん、お父さんに『車から降りたら何も言わないでお父さんの作業の手伝いをするんだよ。絶対に“どうして?”ってその理由を聞いたりしちゃ駄目だからね』って念を押すんだ。」
「ん? それこそ、どうして?」
孝には、もちろんその理由など分かる筈もなかったが、そんなことより、そこで示されたであろう祖父の超能力がどのようなものだったかに強い関心があった。
(つづく)