第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その56)
そのときだった。廊下をドシドシと歩いてくる足音がした。
祖父である。
「ああっ、お爺ちゃんだ・・・。」
そう言ったのは父親だった。
その言い方に、「これで今の話は打ち切りだ」という意思を感じる孝である。
「おっ、孝、今夕飯か?」
入ってくるなり、祖父が言う。そして、自分はまっすぐ冷蔵庫の方へと進んでいく。
「そろそろ“灰色”のやつ、収穫の段取りを考えてやらなくっちゃな・・・。」
そう言いつつ、中から牛乳瓶を1本取り出して飲み始める。
祖父専用の牛乳である。毎朝届けられる、昔ながらの牛乳瓶なのだ。
祖父はこれしか飲まない。スーパーで売られている紙パックの牛乳は臭いと言う。
非常に我侭なのだ。
ちなみに、祖父が言った「灰色」とは甲州ぶどうのことである。
「そ、そうですねぇ~、でも、まだ少し早いんじゃないです?」
父親が壁に掛かったカレンダーに視線を走らせて答える。
そのカレンダーには、果樹園での作業予定などが書き込まれていた。
「確かに・・・。例年ならそうだが、今年は上陸する台風が多いだろうから、早い目にと考えておいたほうが良いぞ。」
「えっ! た、台風・・・ですか?」
「ああ、今年は高気圧がちんまいからな。きっと、2つや3つは上陸するだろうて・・・。
来ると分かってからじゃ遅い。今のうちから、そうしたことも頭において準備しておく必要がある。」
「そ、そうですか・・・。わ、分かりました。じゃあ、来週にでも・・・。」
「ああ、そうだな。そのほうが良い。」
祖父は、そう言い残してまたダイニングから出て行った。
廊下の鳴る音が次第に遠ざかる。
「今年は台風が多いの?」
孝が父親に訊く。祖父の言葉が即座には信じられなかったからだ。
テレビで見た長期予報でも、そんな話は出ていなかったように記憶している。
「さあ、どうなんだろう。でも、お爺ちゃんがああ言うんだから、きっとその傾向が強いんだろう。」
父親は、再び壁に掛かったカレンダーに視線を貼り付けるようにしながら、そう答えてくる。
「ん? そうじゃないってこと?」
孝は、父親の言い方に違和感を覚えた。
(つづく)