第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その53)
「こう言えば、孝が『それは違う!』って反論するだろうと分かっていて敢えて言うんだが・・・。」
父親は、自分の言葉ひとつひとつに孝が反論をしないようにそう前置きをする。
「お父さんは、どこかの運動部に入って、そこで、例えば何とか大会で優勝するんだとか、将来はオリンピック選手にとか、そんなことは一切考えていなかったんだ。
ただ、お爺ちゃんが『中学に行ったら運動部に入れよ』って言ったから、それを忠実に実行しようって思ってただけなんだ。」
「そ、それって・・・。」
孝は何かを言いかける。もちろん、肯定的な発言ではない。
それでも、先に「反論するだろう」って言われてしまっている以上、ここは何があってもまずは話を聞こうと自重したのだ。
ただ、そうは思っていても、常に喉の奥には飛び出したくってうずうずしている言葉がいくつも待機していた。
「つまりは、今風に言えば、『部活でどのような成果を得るか』ではなくって、『部活に参加すること自体が目的だった』ってことだ。」
「・・・・・・。」
「恐らくは、孝の感覚から言えば、それこそ『信じられない!』ってことになるんだろうけど、不思議なことに、当時のお父さんには『それもあり!』って感じだったんだ。」
「・・・・・・。」
「こんなこと、今だから言えるんだが、何しろお爺ちゃんが怖かったんだ。
もちろん、だからと言って、お爺ちゃんが暴力的だったとか、すぐに大声で怒鳴るからってのではなかった。
ただ、その存在が、当時のお父さんにとっては言わば『絶対的なもの』だったんだ。」
「ぜ、絶対的って・・・。」
自重していた筈の孝の口からその言葉が洩れ出た。
「ほら、昔から、“怖いもの”の象徴に“地震・雷・火事・親父”ってのがあっただろう?」
「ん? な、何、それっ・・・。」
「やっぱり、孝には通用しなかったか・・・。その言葉自体がもはや死語になってるんだな。
それだけ、人間が“畏怖の念”“畏敬の念”を失っていることの証明でもあるだろう。」
「・・・・・・。」
孝は、父親が言った「イフノネン」「イケイノネン」に当てはまる漢字が思い浮かばなかった。
(つづく)