第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その52)
「その先輩、『私は走るのは兄達のように速くは走れないけれど、あのハードルを飛び越える際に必要な身体のバランスは他人に負けない自信がある』と言ってな、そこに自分の得意性・優位性を見つけていたんだ。
だから、どうしてもハードルでなければ嫌だ、ハードルをさせてくれないのなら他のクラブに入ると言ってまで顧問の先生に迫ったんだそうだ。」
父親は、本人から聞いた話との前提だが、そうは思えないほどの熱さで話してくる。
相当に、その先輩に感化されたのだろう。言葉が止まらない。
「それで、お父さんに迫ってくるんだ。」
「ええっ! せ、迫るって?」
「だからさ、『君は本当に長距離を走る気があるのか?』って・・・。」
「お、お父さん、どう答えたの?」
「う~ん・・・、確か、即答は出来なかったと思う。」
「嫌だって言えばよかったのに・・・。」
孝は自分のことのように言う。
もし、そのときの父親の立場に自分が立ったとしたら、きっと、そうはっきりと明言しているだろうと思うからだ。
「う~ん・・・、確かにな。その選択もあっただろう。
で、先輩、『本当に好きでなければ、絶対に続けられないよ』って。『別に長距離に限らない。スポーツにおける日々の練習ってのを甘く見たら駄目だって』とも言ったかな。
兎に角、『顧問の先生に言われたから・・・ってのは逃げ口上だし』って・・・。」
「それって、せ、正論だと思う。」
孝はそう結論付ける。
「孝もそう思うのか?」
一転して、父親は孝の結論に異議を唱えそうな顔で言ってくる。
「う、うん・・・。」
孝、それに続く言葉を頭の中では準備していたものの、睨むような目をした父親の迫力にそのすべてを飲み込む。
「さっきも言ったんだが、お父さんが陸上部に入ったのは、口では『短距離走が希望です』と言っているものの、本音は運動部に入れればどのクラブでも良かったし、何の種目でも良かったんだ。つまりは、長距離だったら入部を取りやめるなんてことは考えていなかった。」
父親が改めて入部のいきさつに触れてくる。
「ど、どうして? どうしてそこまで無理をしなくっちゃいけなかったの?」
孝としては、本当に素直な気持ちから訊いている。
(つづく)