第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その50)
普通、「陸上部の先輩」と言えば、それは当然のように同性、つまりは父親の場合だと男子ってことになる。孝はそう思う。
確かに、父親は「男子」とは特定しなかった。だが、だからと言って、一連の話を聞いている段階で「男子? それとも女子?」とは誰も訊かない。同性だろうという大前提がそこにあった。
それなのに、この時点になって、初めて「その先輩は女子だった」と取ってつけたように補足したのだ。
「意識して隠した?」
孝は疑問符を付けつつも、9割がたそう断定するかのように皮肉る。
「いやいや、そんなつもりは・・・。ただ、まあ、言うのが恥ずかしかったという一面はあったのかもしれん。」
父親は、孝が何に憤慨しているかが分かっていて、敢えてそう言い訳をする。
「恥ずかしいって・・・、どうして? 意味が分からん! 単純に、付いてくれたのが先輩女子だったってことだけでしょう?
んんん? そ、それとも、そのこと自体が恥ずかしいってこと? で、なけりゃあ・・・。」
孝は、その最後の言葉はさすがに口には出せなかった。生意気な言い方をすれば、言うのが憚られたのだ。
「な、なんだ? でなければ・・・の後に言いかけたのは。」
「べ、別に・・・。」
「何か、変なことを想像した?」
「そ、そんなんじゃあないよ!」
「ま、孝が想像したことは、多分“当たらずも遠からず”ってところだろう。」
「ええっ! やっぱ、そうなの?」
「具体的には何も言ってないのにそうなのかと言われても答えようがないが・・・。」
「・・・・・・。」
「スタイルが良くって、顔が可愛いとくれば、男の子だったらそれなりの好意を抱いても不思議じゃあないだろ? それこそ、よく言われる“青春時代の苦い思い出”ってことだ。」
「そ、それって“恋愛”?」
孝は、まるで自分のことのように訊く。確かめたいことでもあったからだ。
「さあ、どうなんだろうな。当時のお父さんに“恋愛”に似た感情があったのは事実だが、何しろその先輩はあまりに人気がありすぎてな・・・。到底、お父さんなんか相手にされないって、最初から分かっていたんだ。いわゆる“高嶺の花”ってやつだ。」
「・・・・・・。」
孝は、ふと、塾で隣の席に座る彼女の顔を思い出した。
(つづく)