第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その48)
「それからが大変だったんだ・・・。」
父親は、少し笑みを浮かべるようにして言う。
「練習がってこと?」
孝が応じる。
「ああ・・・、何しろ、長距離を練習する方法が分からなかったんだからな・・・。」
「ええっ! ああ・・・、そ、そうか・・・。」
「顧問の先生も、自分は走り高跳びの選手だったらしくって・・・。それでも、大学の陸上部を経験してきてたからだろうな、短距離選手の育て方はよく分かっていたらしい。」
「でも、長距離は知らなかった?」
「ああ・・・。」
「そ、それって、大変じゃない?」
孝は、練習方法が分からないでは前に進めないのではないかと思った。
「ああ、だから、大変だったって言ってるんだ。
で、顧問の先生、お父さんにひとりの先輩を付けてくれたんだ。
同じ陸上部に所属はしているんだが、そのときは怪我で休部状態だった2年生をな。」
「ん? その人、長距離の選手だったの?」
「いや、ハードルの選手だった。その練習中に怪我をしたらしくって・・・。」
「じゃ、じゃあ、その人も長距離は知らなかった?」
「ああ・・・、そうみたいだった。」
「じゃあ、何にもならなかったんじゃないの? そんな人を付けて貰っても・・・。」
孝は、自分に置き換えて、そう受け止める。
勉強が出来ない友達に、自分が出来なかった難問の答えを聞くようなものだからだ。
やはり、そうした場合には相手を選ぶだろうとだ。
「ところがな、その先輩、お父さんをとある私立高校へ連れて行ったんだ。
顧問の先生から『お前が面倒を見てやってくれ』と言われた翌日だった。」
「ん? 高校?」
「その先輩にはお兄さんがいてな。その高校に通ってたんだ。しかも、ふたりもだ。」
「ふ、ふたり!」
て、ことは、その人、3人兄弟ってことになる。孝には妹しかいないものだから、そうした男兄弟に憧れる気持ちもあった。
「お兄さん、双子でな。しかも、そのふたりともが駅伝をやってたんだ。」
「ええっ! ふ、双子? で、駅伝!?」
「一卵性双生児で、どう見ても区別がつかないほどよく似てた。まさに、瓜二つって感じだ。
で、その高校は、陸上部とはまた別に駅伝部というのがあってな。そのふたりが駅伝部のエース格だったんだ。ひとりが1区、もうひとりが最終区、つまりはアンカーをやってたんだ。」
「そ、それは凄いや・・・。」
「で、その先輩が、ふたりのお兄さんに練習方法を教えて欲しいと頼んだらしいんだが・・・。」
父親は、そこで意識的に話を止める。
そして、おもむろに湯飲みにお茶を入れ始めた。
(つづく)