第1章 爺さんの店は何屋さん? (その7)
会長を見送った小池のおっさんは複雑だった。
ひとつは、会長にこの蕎麦券を配ることを承認してもらったという安堵感があった。
やはり、専務理事としては、自分の判断だけでそれを行うのに不安があったからだ。
名前は専務理事だが、実態はこの事務所唯一の事務員でもある。
ヘマをやって、解任、つまりは首になることだけは何としてでも避けたかったからだ。
もう、この年齢になれば、ここを追い出されては行くところが無いのは分っていた。
その昔は、そう、昭和の高度成長期やバブル経済絶頂期には、この商店会事務所にも3人の女性事務員がいた。
商店会の会員数も現在の2倍近くあったし、次々と新たなビルが建てられていた時代である。
それだけ事務量もあったし、どこかに空き店舗はないかという新規出店の希望者も今では考えられないほどいたものだから、どうしてもそれだけのスタッフが必要だったのだ。
その当時を知っているだけに、そして、景気低迷期になって以降、次々とその事務員を解雇せざるを得なくなった会の財政状態も分かっているだけに、何としてでも、現在の立場だけは失いたくなかった。
つまりは、保身に思考が向いていたのだ。
だからこそ、こうした細かいことでも、ひとつひとつ会長に報告をしてからということになる。
その反面で、あの角田とかいう爺さんが、商店街の活性化のためにビルのオーナーである町村氏に三顧の礼で迎えられたらしいということには、些か耳が痛かった。
「活性化」という単語は、もうここ数年、何十回、いや何百回と言われていた。
もちろん、おっさんとしても自分なりにいろいろと知恵を絞ったつもりだ。
全国の商店街が取組んでいるいろんな施策もネットで調べたりもした。
それでも、そう簡単に「活性化」が図れる妙案というものは見つからない。
イベントをやっても、その時には一時的な集客効果もあるが、それが終われば、また元の静かな商店街に戻ってしまう。
もう何度も、そうした「期待が落胆に変わる瞬間」を体験していた。
その都度、無駄な金が出て行くだけになる。
そうした状況なのに、あの町村氏がたった1軒の店を自らが頭を下げて招へいしたというのだ。
「そ、そんなもの・・・」と思う気持が無いではなかった。
些かの反発心が沸いている。
(ん? どこかの街で、その“がきだな”っていう店が今もあるって・・・。)
小池のおっさんは、忘れないうちにと、早速パソコンの電源を入れる。
そう、ネットで検索をしてみる気になったのだった。
「ええっと・・・、“がきだな”と・・・。」
そう呟きながらキーを叩く。改めて、変な名前だと思う。
おっさん、正直な気持として、そんな検索に引っかかってくる店は無いだろうと思っていた。
それでも、そうしてキーを叩こうとしたのは、やはりどこかに不気味な感覚があったからだ。
で、エンターキーを押す。
と、すぐに検索結果が画面に現れる。
まずは、『餓鬼棚』という言葉の解説が出てくる。
「あああ・・・、餓鬼棚って言葉はあるんだ・・・。」
おっさんは、まずはそのことに驚いた。そんな言葉、知らなかったからだ。
それでも、そのサイトにはアクセスをしないで、下へとスクロールする。
探しているのは、あくまでも「がきだな」という店である。
何屋なのかは分からないのだが、それほどに有名な店であればネットにもその名前があるだろうと思っていた。
だが、いくらスクロールをしても、そうした店の名前は出てこなかった。
で、「念のためにと」次のページに移った時だった。
その冒頭に、いきなり「がきだなっていう店で・・・」という会話の一部が見て取れた。
どうやら、どこかのサイトでのチャットか何からしい。
「う~ん・・・と・・・。」
おっさん、少し迷ったものの、その会話文に惹かれるようにして、そのサイトをクリックする。
(つづく)