第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その39)
「どうやら、ご不満のようだな。」
父親は、孝の反応をそう受け取ったようだ。
「ううん、そんなんじゃあないけど・・・。」
孝は孝で、「建前の話はもういい」と思っていたのだが、それを「ご不満」と指摘されたことでさらに口が重くなる。
「不満に思って当然だろう。事実、お父さんもその中学の当時は、その店主さんが言う“父親としての優しさと厳しさ”なんてのはまやかしだと思ったからな。
だから、思わず『有難迷惑だ』って言ってしまったんだ。」
「えっ! 本当に、そ、そう言ったの? で、どうなった?」
「どうなったって・・・、その店主さんに思いっきしぶっ叩かれたよ。ここんところをな!」
父親は、そう言って自分の頬を撫でるようにする。
「ええっっっ! 店主さんに?! お爺ちゃんにじゃなくって?!」
孝には、他人である新聞配達所の店主が手を挙げたことに衝撃があった。
孝も、小さい頃に父親に叩かれた記憶はあったが、それ以外の人間、ましてや赤の他人に殴られたことは一度もなかった。
もちろん、子供同士での喧嘩は別にしてのことだが・・・。
「な、なんで、赤の他人に殴られなきゃいけないの!?」
孝は義憤にも似た憤りが沸き起こっていた。
「ん? 誰が殴られたって?」
「お父さん、店主さんに殴られたんでしょう? 今、そう言ったじゃない!」
「いいや、殴られたとは言ってない。ぶっ叩かれたと言ったんだ。」
「同じことでしょう?!」
「いや、まったく違う。」
「ど、どうして!」
「良いか、よく聞くんだぞ。“殴る”と“叩く”はその行為そのものには似たようなところがあるんだが、そこに込められた能動者の気持ちはまったく違うんだ。」
「んんん??? 言ってることが分からない!」
孝は、まるで禅問答のようなやり取りにキレ掛ける。
「つまりは、殴るあるいは叩く側の人間の心のあり方が根本的に違っているってことだ。」
「そ、そんなこと言ったって・・・、殴られる側からすれば、そんなこと関係ないでしょう! 痛いのは、殴られたほうなんだし・・・。
ましてや、赤の他人に殴られるなんて・・・。僕だったら、絶対我慢してない。」
孝は、自分だったらきっと殴り返しているかも・・・などと思ったりする。
(つづく)