第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その31)
「・・・・・・。」
孝は生唾を飲み込んだ。
今、父親が話しているのは、特段、自らに関わる話ではなく、しかもそれは孝が生まれるずっと前のことだ。
それなのに、どうしてか我が身に迫る圧迫感のようなものを感じたのだ。
「店主さん、お父さんの疑問が分かっていたんだろうな。“これ、今日の午前中、お母様が持ってこられてな”と話し始めたんだ。」
「・・・・・・。」
「“やっぱりな”。お父さんはそう思った。果物籠を下げてくるのだとしたら、それはお爺ちゃんではなく、きっとお婆ちゃんが来たんだろうって思ったから。」
「えっ! そ、それは、どうして?」
「お爺ちゃんだったら手ぶらだろう。そんなに気が利く人じゃあない。第一、午前中だったら果樹園に張り付いている筈だったから・・・。」
「そ、そっか・・・。」
孝は、祖父や祖母の顔を思い浮かべながら話される内容を頭の中で映像化しようとする。
「で、“どうして、お母様がこの籠を持って来られたか、君に分かるか?”って・・・。」
「んん??」
「お父さん、正直言って、まったく分からなかった。どうして、お婆ちゃんがその籠を持って新聞配達所にやってきたのか、また、やってくる必要があったのか・・・。
そこが“まだまだ子供”だったんだろうな。どう考えても、その理由が思いつかなかった。
だから、黙って首を横に振ったんだ・・・。」
「・・・・・・。」
「そしたらその店主さん、こう言うんだ。
“実は、君が新聞配達のアルバイトをさせて欲しいと店にやってきたとき、本当はすぐに断ろうと思ったんだ”って・・・。」
「ええっっっ! だ、だったら・・・。」
孝も、その点は意外に受け止める。
「お父さんも知らなかったんだが、中学生はアルバイトが出来ないんだ。いや、やってはいけないんだ。それは、今も変わってない。」
「えっ! う、うっそ! ・・・。」
「嘘じゃあない、労働基準法っていう法律があってな、そこに“中学校を卒業していない子に仕事をさせたら駄目”って書いてあるんだ。」
「で、でも・・・。」
孝は抵抗する。事実、中学時代にアルバイトをしていると言った友達が何人もいたからだった。
(つづく)