第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その21)
「その晩だったようだ。」
父親が種明かしをするような顔で言う。
「な、何が?」
孝はもう食事どころではなくなっていた。
どうしてなのかは自覚も出来なかったが、とうとう箸を持つ手を止めてしまう。
「その当時、お爺ちゃんは町内会の役員をしてたんだ。」
「えっ! そ、そうだったの?」
「ああ・・・、それで、毎週木曜日に町内会長宅で集まりがあったんだ。いわゆる役員会って奴だ。」
「う、うん・・・。」
「その席に、お父さんがバイトを頼みに行った新聞配達所の店主さんもいたんだな。」
「その人も?」
「ああ・・・、同じ役員だったらしい。で、その席で、その店主からお爺ちゃんの耳に入った。」
「そ、それで?」
「お父さんが書いた履歴書を持って来てたらしい。何よりの証拠だからな。」
「・・・・・・。」
「これをって、何も言わないでお爺ちゃんに手渡したらしい。」
「そ、そんなぁ~・・・。」
孝は、何もそこまでしなくっても・・・と思った。
現代風に言えば、その店主の行為は完全な「チクリ」である。
「それでだ、それを見たお爺ちゃん、しばらくはじっと考えるようにしていたらしいんだが、やおらその場で正座しなおして“息子をよろしくお願いいたします”とその店主に頭を下げたそうだ。」
「ええっ! ・・・。」
孝は絶句した。余りに予想外のことだったからだ。
「それなのに、そこまでしてくれたのに、お爺ちゃんはお父さんにその事実を告げなかったんだ。
つまりは、知らんぷリをしてくれてたんだ。」
「ど、どうして?」
「さあ、どうしてなのかなぁ~? お爺ちゃん、今でもそのことについては一言も言わないんだ。」
「・・・・・・。」
「今の役員会でのことも、そのバイトをやめることになったときにその店主さんから教えてもらっただけで・・・。
だから、お父さんも、お爺ちゃんに向かって、“あの時はどうして黙って見逃してくれたの?”とは聞けないんだ。聞いても恐らくは“そんなことは知らん!”と白を切るだろうって思うからな。」
「・・・・・・。」
孝は祖父の顔を思い浮かべながら聞いている。
(つづく)