第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その15)
塾は携帯電話に寛大だった。
電源を切らなくっても、マナーモードにさえしておけば、教室にでも持ち込めた。
子によっては、携帯を時計代わりにしている子もいた位だ。
そう、机の上に置いても何も言われなかった。
そう言えば、彼女、つまりは三浦香音が携帯電話を扱うのを見たことはなかった。
もちろん、机の上に置いたりもしていない。
今時の子である。携帯電話を持っていない筈はないのだが、それでも、彼女がそれを使っているのを見たことがない。
それでもだ。持っているとすれば、彼女が孝の写メを撮ることぐらい、いとも簡単だろう。
所謂盗み撮りである。
あれだけの時間同じ教室にいるのだ。やろうと思えばいつでも出来るだろう。
そう考えれば、わざわざ妹の沙希を使って、孝の写メを欲しがるなんてありえないことのように思える。
(だったら・・・、どうして?)
孝は、最初の疑問に舞い戻る。
どうして、沙希があんなことを言うのだろう?
意地悪をするための嘘?
いやいや、そうでもないのだろう。
第一、彼女の名前を沙希が知っていること自体が不思議なのだ。
孝は、友達に対してもそうだし、もちろん家でもその名前を口にしたことは一度もない。
そう、完全に秘密にしていた。
付き合っている訳でもないし、単に孝の片思いの相手である。
口が裂けても言える筈もない。
それなのに、沙希は彼女の名前を明確に言ったのだ。
「三浦かのんって子、知ってるんでしょう?」とだ。
沙希は塾には通っているものの、孝と同じ塾ではない。
だからこそ、「ナンパしたの?」とまで訊いてきている。
つまりは、孝と彼女の接点も知らないようだ。
(て、ことは・・・、やっぱり、沙希の彼氏からの情報なのか?)
確かに、彼女に弟がいるとも聞いてはいないが、逆に言えば弟がいてもおかしくはない。
その弟がたまたま沙希の彼氏になった。そういうことなのだろうか。
(で、でもなぁ~・・・。)
それでも、孝は納得できない。
日頃の彼女の態度や姿勢から考えて、孝に好意を抱いているとはとても思えないからだ。
まともに女の子と付き合った経験がない孝だが、それでも、女の子はそうしたことには男子以上に積極的になるって話はよく聞いている。
もし、もし、もし・・・、彼女が孝に好意を持っていてくれるのであれば、もう少しは何らかの動きがあっても良さそうに思える。
例えばだ、塾に来たとき、「こんにちわ」とか、「今日も暑いね」とか、そうした一言があっても良いだろう。
それなのに、彼女はそうした一言すらも発しない。
ただ、黙って孝の横の席に鞄を置いて、そしてどこかへと出て行くのだ。
もし、本当に好意を持っているのであれば、いや、ちょっとした関心だけでもあれば、出会ったときの一言、そして塾が終わって帰る際の「さようなら」ぐらいは声を掛けてくるだろう。
そうすることで、少しずつでも距離が縮まる筈。
そうしたこともしないのに、自分の弟が孝の妹と親しいのを知ったからといって、その沙希に「お兄さんの写メを撮って欲しい」と言うとは・・・。
(やっぱり・・・、どこか違ってるな・・・。)
孝はそう結論付ける。
そう、彼女が孝に好意を持っているなどとはどうしても思えないのだ。
(つづく)