第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その14)
「ど、どこって・・・、そんな、知り合ってるってことでもねぇし・・・。」
孝はしどろもどろになる。
明らかに動揺している。
「学校じゃあないよね? 彼氏のお姉ちゃんって有名女子高だって言うし・・・。
ああっっっ、ナンパでもしたの?
それとも、学園祭?」
沙希は面白そうにそう突っ込んでくる。
まるで、テレビの芸能リポーターのような言い方をする。
「沙希には関係ねぇだろ?」
「ああ・・・、また、そんなことを言う。少なくとも、私の彼氏のお姉ちゃんのことだよ。
私にだって、知る権利ぐらいはあるでしょう?」
「そ、そんなもの、あるか!」
孝は急いで食事をし始める。
口に何かを頬張っていないと、次から次へと矢継ぎ早に質問をされそうに思えたからだ。
そんなことにいちいち答えたくはなかった。
「ふ、ふんだ!」
沙希も孝のそうした思いを察知したのだろう。
この場でこれ以上追うのは不味いと思ったのか、その一言を最後に黙ってしまう。
それでも、その視線は孝をじっと捕らえたままである。
「沙希、ちょっとおいで!」
そうした一瞬を母親は見逃さなかった。
孝が食事をし始めたのを横目に、沙希をどこかへと引っ張っていく。
そう、まさに補導する婦人警官の形相だ。
(あ~あ・・・、突然に、あんなことを言うからだ・・・。)
孝は、母親が沙希を連れて行ったことをそう捉える。
沙希は孝の2歳年下。つまりは、高校1年生である。
通っている高校は孝のそれとは違っていた。
孝は県立だが、沙希は私立だった。
しかも、女子高である。
その沙希が、今までに口にしたことのない「彼氏」という言葉を使ったのだ。
おまけに、「キスだけよ」とさらに踏み込んだのだ。
母親としては、それを黙って聞き逃す訳には行かなかったのだろう。
恐らくは、物置部屋として使っている奥の小部屋に連れて行ったのだろうと思う。
(そ、それにしても・・・。)
孝は沙希のことはどうでも良かった。
ただ、沙希の口から「三浦香音」の名前が出てくるとはまったく予想していなかったから、その事実が未だに信じられない気持だった。
(ま、まさか・・・。)
本当なのだろうか? それが、正直な思いだ。
ひとつは、沙希の彼氏の姉があの三浦香音なのかどうかである。
そりゃあ同じ市内に住んでいるのだろうから、互いに顔や名前を知リ合う可能性は考えられる。
それでもだ。
孝の妹と三浦香音の弟が恋人関係になるなんて、そんな偶然があって良いものだろうか。
そんな思いがする。
そして、もうひとつは、その三浦香音が、孝の写メを欲しがっているという話だ。
どちらかと言えば、こっちの方が信じがたい。
あれだけ塾で顔をあわせているのだ。しかも、真隣の席に陣取っているのだ。
今更写メを撮る必要なんてありはしないだろう。
孝の感覚ではそう思う。
確かに、気になる存在ではある。
好きになっていると言えばそうかもしれない。あくまでも片思いだが。
それでも、孝は、彼女の写真や写メを欲しいとは思わない。
ほぼ毎日のように顔をあわせられるのだ。
そんな写真なんて、それこそ少女趣味だと思ってしまう。
第一、声も聞こえなければ、匂いだってしないのだ。
毎日のように会えるのに、そんなものが必要だとは思えなかった。
(つづく)