第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その11)
「あら、案外と早く進んだのね。」
母親がそう言ってくる。
孝が「遅くなるだろう」と言っていたからだ。
「じゃあ、今すぐ準備するから、そこに座って待ってて・・・。」
母親はそう言って台所へと消える。
テーブルの上は、孝の分を除けば、もう殆どが片付けられていた。
ただ、湯呑だけがそれぞれの席に残っていた。
それを妹の沙希が取りに来る。
「今日はトンカツだったのよ。揚げたて、とっても美味しかったわよ。」
皮肉なのだろう、沙希が言ってくる。
最近、沙希は孝に逆らうようになっていた。
「お、俺の分は?」
「今、お母さんがレンジで温めてくれてるわよ。」
沙希がそう言った途端に、台所で電子レンジが「チ~ン」と鳴った。
「ああ、そうだ!」
沙希が何かを思い出したように言う。
「お兄ちゃんの写メ撮っても良い?」
沙希は悪戯っぽく笑いながら言ってくる。
「えっ! お、俺の?」
「う、うん。良いでしょう?」
「嫌だよ。」
「ど、どうして?」
「どうしてって・・・、それはこっちの台詞だ。どうして、俺の写メなんか・・・。」
「良いじゃない? 可愛い妹が携帯の待ち受けに使いたいって言ってるんだから・・・。」
「嘘を付け! そんな筈はないだろ? また、何か企んでるんだろ?」
「あらら・・・、そんな、人聞きの悪いことを・・・。
良いから、ちょっとカッコいい顔をしてよ。」
問答無用である。
沙希は携帯電話を構えるようにしてくる。
「い、嫌だ!」
孝は、そのカメラに向かって拡げた掌を突き出す。
撮られてたまるかと思うからだ。
「こ、これ! 沙希! 何を騒いでいるの、少しは女の子らしくしなさい。」
孝の食事を運んで来た母親が沙希に向って言う。
「だ、だって・・・、お兄ちゃんが・・・。」
沙希は口を尖がらせるようにして訴える。
「それは、沙希がちゃんとお兄ちゃんにお願いをしないからよ。
誰だって、いきなり写真を撮らせてくれって言われたら嫌なものよ。」
「ん? お願いって?」
孝は、母親が何かを知っていると直感する。
だとすれば、沙希に問い詰めるより、母親に聞いたほうが手っ取り早い。
そう思った。
「じ、実はね・・・。」
母親は、運んできた料理の器を孝の前に並べながら切り出してくる。
「沙希、お友達から頼まれたみたいなの。」
「ど、どうして?」
「そ、それは・・・、今は、皆、やってることらしくって・・・。」
「な、何を?」
「だからね、孝の写真を携帯電話に入れたいんだって・・・。」
「ど、どうして・・・。」
「も、もちろん、孝のことが好きだからなんでしょう?」
「そ、そんなぁ~・・・。」
「良いじゃない? それだけ人気があるってことなんだし・・・。」
「そ、そんなこと・・・、勝手に決めないで欲しいな。少なくとも、俺にも肖像権ってのがあるんだし・・・。
第一、どこのどんな子が俺の写メを欲しいって言ってるのかも知らされないで、そんなこと、オーケーなんて言える訳ないだろ?
俺、嫌だしね。」
孝は、その最後の部分は沙希に向かって言った。
まさに、「あかんべ~」をするようにだ。
(つづく)
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