第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その4)
「どうしたんだ?」と先生は訊いていた。
だが、孝としては心当たりはない。どうもしてないし、何があったわけでもない。
今までと同じように、必死の思いで勉強に取り組んできていた。
だから、自分でもこの点数が信じられないほどなのだ。
確かに、今回の模擬試験は「難しいなぁ~」と思ったのは事実だった。
どの科目がと言うのではなく、強いて言えば、全般的に難しくなっているように感じた。
そうしたこともあったのだろう。時間も足らなかった。
数学なんて、最後の1問は、問題を読んだだけで考えることも出来なかった。
そんな有様だった。
だから、「今回の成績は駄目だろうな」という感覚はあった。
ただ、ここまで酷い状況だとは予想もしていなかった。
もう少しは点が取れている。
そう思っていた。
「どうしてなんだ?」と訊く鬼頭先生の顔が思い浮かぶ。
「こっちが訊きたいよ」と孝は思った。
自分でも納得が行かないのだ。
(こんなの、見せられる訳ないよなぁ~・・・。)
孝はその点数表を握りつぶす。
もちろん、そうしたからと言って「こうした事実がなくなってしまう」とは思っていない。
いずれは、両親にもバレるだろう。
そうは思いはすれど、この時点で、この点数表を「今回の模擬はこうだった」と両親に報告する気にはなれない。
近々、親と孝とを学校が呼び出してくる。そう、3者懇だ。
このときには、母親が学校に来る。父親は出てこない。
以前からそうだった。
もちろん、どうしてなのかは知ったことではない。
それでも、その3者懇の席上では、学校から今回の結果も明確に示される筈だ。
何しろ、孝の直近の実力を表したものだし、それを踏まえての今後を相談する場である。
そうなれば、いくらここで孝が報告をしなかったとしても、今回の結果、いやそれだけではなく、ここ数ヶ月の孝の成績の動静もが親に知れることになるのだ。
母親から父親に詳しい報告が入る。
「どうしてその時点で報告をしなかった!」
父親は、きっとそう言ってくるだろう。
何しろ、目標としている国立大学への入学が危うくなっているのだ。
学校側も、恐らくは「このままでは国立は無理」と評価するだろうし、その点を母親に通告する筈なのだ。
(ま、まずいなぁ~・・・。)
そうは思うものの、孝としては、いまさらどうすることも出来ない。
「大阪の国立大学に・・・。」
そう宣言をしていたのは事実である。
高校に入って初めて進学指導の先生と向き合ったときだった。
「それは、ご両親とも相談してのことなのか?」
確か、そう訊ねられた記憶がある。
「は、はい・・・、まあ・・・」と答えをぼやかしたことも記憶にある。
「まっ、今の調子で頑張れば、決して無理なことではないだろう。
だが、本当の勝負はこれから3年の高校生活だ。
ここで挫折する子も結構いるから、そう決心をしているなら、その目標に向かって一心不乱で頑張ることだ。
学校としても期待をしているからな。」
確か、そのようなことを言われたと思う。
当時の孝は、入学試験でも10位以内の高得点だったほどで、クラスの中でも常にトップの座を争う存在だった。
学校としても、「こいつなら国立でも行けるだろう」と判断していたに違いない。
だから、孝が国立大学への入学を目標として宣言したことを好意的に受け止めてくれていた。
だが、あれから2年。
状況は明らかに変化してきていた。
もちろん、孝としては、その目標を放棄するつもりはないし、まだやれると信じている。
だが、その一方で、もがけばもがくほど、成績に日頃の努力が表れないことへのもどかしさが大きくなっていたのもこれまた事実であった。
「こんなはずではない!」
そう叫びたい日々だった。
(つづく)