第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その3)
そうした孝の思いは、薄々両親も気が付いていたのだろう。
高校3年生になる今日まで、「家業を継いでほしい」とは一言も言ってこなかった。
「孝の人生なんだから、自分の好きな道を行けば良い」という態度だった。
傍で聞いていた祖父が苦虫を噛み潰したような顔を見せただけである。
その一方で、両親、とりわけ父親は「大学には行けよ」と繰り返してきた。
そう言う父親は地元の農業高校を出ただけである。
果樹園をやるのに学歴はそれほど必要だとは思えないのだが、父親はどうやら自分としては大学へ行きたかったらしい。
それでも、結果としては、祖父の意見に従って家業の果樹園を継ぐつもりで進路を決めたようだった。
だからと言う訳ではないのだが、孝も、最初から漠然とだが「大学に入って・・・」と自分の進路をイメージしていた。
それを意識し始めたのは中学に入る直前ぐらいからだった。
孝自身は、極々普通に「公立の中学校へ入って・・・」と思っていたのだが、父親が「私学に行っても良いんだぞ」と言い出したのだ。
「良い大学に行くためならば・・・」という条件を匂わせた。
「ん? 私学って・・・。」
孝は、そう言われる意味が分からなかった。
私学は金が要る。そんなイメージしかなかったからだ。
友達の兄がその私学に通ってて、その母親がパートに出るようになったという話と重なっていた。
だからでもないのだが、そうした話があったものの、孝は、多くの友達が進学する市立中学に入学する。
だが、中学にいくと、今度は高校進学の話が出てくるようになる。
その時になって初めて、有名私立中学→有名私立高校→国立大学の道筋が強いことを知った。
それでも、孝は、「自分さえ勉強が出来ればどこだって同じ」という意識になる。
余計な金を親に出させることで、逆に「家業を・・・」と言われることを恐れた部分もあった。
その夜、孝は「勉強があるから」という言い訳で、両親との夕食を回避した。
後でひとりで食べるつもりだった。
そうしたことは、この日が特別ではなかった。
試験前や宿題の量が多いときには、まずは自分のペースを優先した。
気分が乗らないと、なかなか勉強に集中できなかったからだ。
普通の家庭では、そうした行動を取ると叱られるそうだ。
友達の何人かは、異口同音に「タカシは良いなあ~」と羨ましがった。
家でも、妹の沙希が同じことをすると、「駄目よ、そんな事は許しません」と母親が叱っていた。
それなのに、孝にはそうしたことを言ってこない。
沙希が「だって、お兄ちゃんもしてるじゃない」と反論すると、「男と女は違うのよ」と窘められていた。
それもあったのだろう。孝は、「俺はこれで良いんだ」と思っていた。
勉強をして、良い成績を取って、そして国立大学に入学することが自分のやるべき事だと信じている部分があった。
だからこそ、勉強にのめり込むことも出来たのだ。
英語の予習を終えたところで一息付いた。
時計を見ると、丁度1階では夕食の時間が始まった頃だった。
「う~んと・・・。」
本音を言えば、今から夕飯が食べたい。
区切りも付いたところだし、腹も減っていた。
それでも、孝は階下に降りては行けなかった。
「夕飯、俺、遅く食べるから」と母親に通告していた手前がある。
で、思い出したように、壁に掛けてあった学生服のポケットから今日受け取った模擬試験の結果表を取り出してくる。
「う、うっ~ん・・・。もう少し、取れてると思ったのになぁ~・・・。」
孝は、そこに書かれた点数が恨めしい。
確かに、鬼頭先生が言うとおり、今までで最悪の点数である。
(つづく)