第1章 爺さんの店は何屋さん? (その32)
「う、うん・・・。ここのオーナーさん、結構お爺ちゃまでしょう?」
トンちゃん、ちょっとだけ声を落とすようにして言ってくる。
「う、うん・・・、まあ・・・。」
おっさんは、そう肯定する。自分でもそう思うからだ。
あの爺さん、実年齢よりも老けて見える。
「先週の終りだったかに、そのお爺ちゃまがここに来たのよ。」
「ええっ! せ、先週? 先々週じゃあなくって?」
おっさん、そう問い直す。
今まで行った店で、先々週に、つまりは半月ほど前にあの爺さんがこの商店街を歩いていたのは聞いていたからだ。
「ううん、先週よ。私、まだそこまでボケちゃあいないわよ。
それでね・・・、ひとりじゃあなくって・・・。」
「ん?」
「若い女の子を連れてたの。そう、まるでお孫さんのような・・・。」
「えっ! ま、孫?」
「もちろん、本当のお孫さんじゃないんだけどね。」
「そ、それで?」
おっさんも男である。若い女の子と聞けば、その先がどうしても聞きたくなる。
「それがさ、昔の私みたいに可愛い子でね。」
「んん?」
「ネイルアートをやってる子らしいんだけれどね。」
「ネールアート?」
「ネールじゃないわよ。ネイルアート。」
「何だ? それ?」
「あら、知らないの? こ、これよ。」
トンちゃん、すかさず自分の手の甲を前に突き出してくる。
そして、指を開くようにして、爪に描かれた絵を見せる。
「あああ・・・、このこと?」
おっさん、それで何とか理解をする。
「そう、これも、その子にやってもらったんだけれど・・・。良いでしょう?」
「そ、それで?」
おっさん、トンちゃんの話がなかなか前に進まないことにやや苛立ちを覚える。
その子がどうしたと言うんだ? とだ。
「うちの店で、このネイルアートサービスをやらないかって・・・。」
「ん? つ、つまりは、売り込み?」
おっさんはそう感じた。
「ううん、そうじゃあないのよ。」
「ん? ど、どうして?」
「うちの店で、一定額以上のお買い物をしたお客さんには、無料でこのネイルアートを描いてくれるんだって・・・。」
「ええっっ! タダで?」
おっさん、この言葉を今日何度聞いたことか・・・。
「そうなのよ。で、そうしたら、うちの売上増加に役立つんじゃないかって・・・。」
「・・・・・・。」
おっさんは、その裏に何かあるのではないかと頭を巡らせる。
「で、手数料は?」
おっさん、そのキーワードに辿り着く。
「手数料って?」
「つ、つまりは、バックマージン。売上の何パーセントかをくれって言われたんじゃないの?」
「ううん、そんなことは言ってないわ。
私、これでもこの店を30年やって来た経営者よ。そんな話はちゃんと確かめてるわよ。
お客からも取らないし、うちの店からも1円も支払わないの。
そういう約束だから、“じゃあ、お願いします”って言ってあるのよ。」
「ええっ! も、もう頼んだの?」
おっさんは絶句するしかない。
「だってさ、そんな美味しい話、みすみす見逃す手は無いでしょう?
迷っていて、他の店に話を持っていかれたら、上下損じゃない?
だから、即断即決で頼んだわ。
だから、この“がきだな”ってお店がオープンするのを、私、手ぐすね引いて待ってるの。
ほら、もう、こうした看板も準備してあるんだから・・・。」
トンちゃんは、奥から結構大きな看板を引っ張り出してくる。
(つづく)