第1章 爺さんの店は何屋さん? (その2)
「ええっ! お商売をされるのではないと?」
おっさんが目を丸くする。
それはそうなるだろう。
少なくとも、爺さんが荷物を運び入れた家は、店舗兼住宅である。
しかも、商店街の1画にあるのだ。
商売をしないのであれば、わざわざそんな店舗を借りたりはしないのが普通だ。
金をどぶに捨てるようなものだからだ。
「頭がおかしいのかと言われそうですが、あの場所で、言うなれば“お店屋さんごっこ”でもしようかと・・・。」
爺さん、それこそとんでもない説明をしてくる。
「えっ! お、お店屋さんごっこ! ・・・・・・。」
聞いていたおっさんは飛び上がらんばかりだ。
もうその後の言葉が口から出てこない。
そして、改めて爺さんの顔をじっと見る。
そう、まさにボケ老人を見るような目だ。
「今年から年金を頂けるようになりましたから・・・。」
「だ、だからと言って・・・。」
「ですから、皆様にはご迷惑にならないようには考えております。
商店会の規約もちゃんと守りますし、会費もお支払いたします。」
「ま、まあ・・・、それは、そうして頂きたいのですが・・・。」
「ですから、暫くは、黙って見守って頂けないでしょうか・・・。」
「ま、まあ・・・、規約を守っていただけるのであれば・・・。
で、でも、な、何かをお店で売られるんでしょう?
仮に、その“お店屋さんごっこ”だとしても・・・。」
「う、う~ん・・・、そ、そうですねぇ・・・。」
「な、何をお売りになるんです? 生ものじゃあないんでしょう?」
「生もの? う~ん、ある意味じゃあ、生ものなのかもしれませんが・・・。」
「ん? 具体的に言いますと?」
「ま、一言で申せば、“お節介”でしょうか。」
「ええっっ! お、お節介って、あのお節介ですか? 石灰じゃあなくって・・・。」
おっさんは、付いていけないという顔をする。
「あ、はい・・・。」
「そ、そんなぁ~・・・。」
おっさんが呆れるのも無理は無い。
「お節介を焼く」とは言うが、「お節介を売る」というのは聞いたことが無い。
「ま、何はともあれ、この商店会にご加入頂けるということですな?」
おっさんは話を実務に切り替えようとする。
これ以上は付き合ってられないとでも思ったのだろう。
「は、はい、もちろんです。大家さんからも、それを条件にお借りしておりますので・・・。」
爺さんも、この点についてはまともに応えてくる。
「では、この加入申込書の必要欄を書き入れて頂きたいのですが・・・。」
おっさんは、そう言って1枚の用紙を爺さんの前に出す。
「あ、あのう・・・。」
それを見た爺さん、何か言いにくそうにする。
「はい? どうかしました?」
「眼鏡も持ってきておりませんし、印鑑もないもので・・・。
この用紙、持って帰って、店で書いてきても構いませんか?
今日中には持参いたしますので・・・。」
「ああ・・・、そ、それは、構いませんが・・・。」
「で、では、申し訳ないのですが、そのように・・・。」
そう言って、爺さん、その紙を四つ折りにして内ポケットに仕舞い込んだ。
その対応があって、その日のうちに商店街中に爺さんの噂は一気に広がった。
もちろん、その震源地は、この小池というおっさんである。
(つづく)