第1章 爺さんの店は何屋さん? (その28)
「あああ・・・、そ、それって、今流行の熟年創業ってやつ?」
奥さん、そんな言葉を使ってくる。
「えっ! じゅ、熟年創業?」
おっさん、思わずオウム返しに言う。
「そう、定年退職後に、ラーメン屋とか蕎麦屋とか、そうしたものをやる人がいるでしょう?」
「ああ・・・、な、なるほど・・・。」
おっさんも、そうした話はテレビで見た記憶がある。
「でも、それって、殆ど駄目でしょう?」
「ん?」
「確かに、退職金っていう資金があるから、開店は出来るんでしょうけれど・・・。
それだけでしょう?」
「そ、それだけって?」
「つまりは、すぐに駄目になるってことよ。今時、サラリーマンだった人が、趣味の延長みたいなことで店をやってもねぇ~・・・。
そんなことで儲かるんだったら、若いときからそうした商売をしてる人がこれだけ苦労なんかしないわよ。
ねっ! そうでしょう?」
「う、う~ん・・・、た、確かに・・・。」
おっさんも、今の商店街の状況を知っているだけに、奥さんの意見を否定は出来ない。
素人がやっても、商売として成立するのは難しいだろう。
「そうした、言うなれば素人さんだから、来週から開店だと言うのに、ああして殆ど準備も出来てないのよ。違う?」
奥さんは、今度の店がそうしたものに違いないと決め付けるように言う。
「う、う~ん・・・、どうなんでしょう?
でも、まったくの素人じゃあないみたいで・・・。」
おっさん、言葉を選ぶようにして言う。
「んん? ち、違うの?」
「どうやら、大阪で同じような店をやっておられたようで・・・。」
「えっ! 大阪? だ、だったら、どうしてここに? 都落ち?」
奥さん、古い言い方をする。
「い、いえ・・・、そうではないようで・・・。」
「ほ、ほんと? だって、大阪でうまくいってるんだったら、こんなところに引っ越して来ないでしょう?
きっと、向こうで失敗して、こっちに逃げてきたのよ。そうに違いないわよ。
だから、こんな古い手を使ってでも、お客を集めたいんじゃないの?」
奥さん、ポチ袋を指先で摘まむようにして言う。
古臭い集客方法だと。
「く、詳しいことは知らないんですが・・・。」
おっさんは、そうした言い方で対処するしかない。
「そうですね」と賛同することも出来ないし、「違いますよ」と断定できるものでもない。
ただ、背後に、商店会の会長とあの町村氏がいることだけは、口が裂けても言えそうになかった。
「じゃあ、私はこの辺で・・・。ご馳走様でした。」
小池のおっさん、引き上げるタイミングを見計らって言う。
そして、同時に腰を上げる。
「良いじゃないの? どうせ、暇なんでしょう?」
奥さんは意に介さない。
「い、いえ・・・、これを配らないといけないもので・・・。」
おっさん、ポチ袋を指差すようにして言う。
この時点で出なければ、またまた時間が遅くなってしまう。
「あ、あら・・・、そう? ま、仕方ないわね。」
「はい、申し訳ないんですが・・・。」
「じゃあ、また、寄ってよね。いろいろと話したいこともあるし・・・。」
奥さんは名残惜しそうに言ってくる。
「また、近いうちに・・・。じゃあ、今日はこれで・・・。」
おっさん、まるで逃げ出すようにしてその勝田時計店を出る。
(つづく)