第1章 爺さんの店は何屋さん? (その27)
「ああ・・、そ・・・、そうなんです・・・。」
おっさん、その店の引越し蕎麦を配りに来たことを言いたかったのだが、何しろ、口の中には饅頭が入っている。
「でもさ、こんなこと言っちゃあ悪いけれど・・・、もうここら辺りで店出しても駄目よね?
一体、何を売るお店なのかは知らないけれど・・・。」
奥さん、自分はお茶だけを飲みながらそう言ってくる。
「う、う~んと・・・。」
おっさん、ようやく口の中の饅頭を飲み込んでから、改めて鞄を取り出す。
「じ、実は・・・、そのお店なんですが・・・。どうやら、来週から開店されるようで・・・。」
おっさん、例のポチ袋を取り出しながら言う。
「あら、そ、そうなの? で、でも、まだ工事も何も始まってないわよ。
来週からって、そんな急なことで、間に合うのかしら?」
奥さん、どうやらあの店に関心があるようだ。
「で、これを・・・。」
おっさんがポチ袋を差し出す。
「ん? こ、これは?」
「その、新規のお店のご挨拶だそうです。」
おっさん、自分が配っているのに、そう言って、如何にも第三者的な言い方に終始する。
「あらら・・・、引越し蕎麦なの?
まあ、長さんのところの券ね。あの人、上手くやったわね。」
奥さん、ポチ袋の中を取り出して目ざとく言う。
「で、でも・・・、今時、こんなことまでして・・・。
ん? 茶店? 茶店なの?」
奥さん、ようやく挨拶文を見たらしく、そう言ってくる。
忙しない人ではある。
「茶店って、要は喫茶店?」
「い、いえ・・・、それが、どうも喫茶店ではないようで・・・。」
ようやくおっさんが口を挟む。
「どうしてよ? どこが違うの? 要は、お茶を出して・・・。
んんん? 無料! 無料って、タダってこと?」
奥さんの思考回路は、どこか付いて行けないところがある。
「あ、はい・・・、どうやら、そのようで・・・。」
「う、嘘でしょう? オープン記念だからじゃあないの?
それ、どこかに書いてない?」
「い、いえ・・・、ずっとらしいです。」
「まさかぁ~、そんな訳無いでしょう?」
「・・・・・・。」
おっさん、言葉に困る。
事実、自分も「そんな馬鹿な!」と思っているのだ。だったら、どこで儲けるのだと。
それでも、この奥さんの前で「私もそう思います」とは言えないのだ。
やはり、会長と、それにあの町村氏の存在があったからだ。
「ねえねえ、これ、商店会全部に配ってるの? それとも、この近隣だけ?」
奥さん、またまた鋭いことを訊いてくる。
「一応、商店会全部にです。」
「うちと同じように、2枚ずつ?」
「あ、はい、どこも一緒です。」
「て、ことは、この引越し蕎麦だけで10万以上よね?」
さすがは商売人である。計算が速い。
「ま、そういうことにはなりますが・・・。」
「長さんのところが騙されたんじゃないの?」
「い、いえ、それはないと思いますよ。既に、代金は受け取ったって言ってましたから・・・。」
「あ、あら・・・、そうなの?」
奥さん、意外そうな顔をした。
「その店の店主って、若い人?」
奥さん、また新たな質問を繰り出してくる。
「い、いえ、どちらかと言えば、ご老人の部類で・・・。」
「ええっ! お爺ちゃんなの?」
奥さんも、どうしてか、腰を浮かさんばかりに驚いてみせる。
(つづく)
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