第1章 爺さんの店は何屋さん? (その25)
「あっははは・・・、信じられないって顔してる。」
兼田が小池のおっさんをからかうように言う。
「だ、だって・・・。」
おっさんは、それが当然だろうと思っている。
「ただな、条件があってな。」
「ほ、ほら・・・、やっぱり・・・。」
おっさんは、そこにとんでもないことが潜んでいるような気がする。
世知辛い世の中である。
今時、そんな「ありがたい、夢のような話」がある筈が無いと思う。
「昼の食事だけは店で食べさせてやってくれって・・・。」
「ん? そ、それから?」
「それから? いや、それだけだ。」
「嘘!」
「嘘なんか言ってない。それだけだ。」
「ほ、他には?」
「だ、だから、それだけだって言ってるだろ?」
「そ、そんなあ~・・・。」
おっさん、またまた信じられない気持に舞い戻る。
「その子、いつまでいるんだ?」
おっさん、まだ何か裏があるように思えて、まずはそう問う。
「う~ん・・・、分からん。
第一、雇っているっていう立場じゃあないし、助けてもらっているんだ。
それなのに、“いつまでここにいてくれるんだ?”って訊けやしないだろ?
まるで、追い出すみたいで・・・。」
「・・・・・・。」
「森本君は、仕事も出来るし、お客の評判も良い。お陰で、最近じゃあ、若い女性のお客が増えたほどだ。
うちとしては、いつまでもいて欲しい。それが本音だ。
もちろん、そんなことが許されるとは思っちゃあいない。
いずれは去っていくことになるんだろうとは思ってるんだが・・・。」
兼田は、そう言って遠い目をした。
「その子、今はどこに住んでるんだ? 大阪から来たんだろ?」
小池のおっさんは話題を少しだけ切り替える。
「ん? 実家だ。隣街らしい。毎日バイクで来てくれてる。」
「ええっ! 大阪の子じゃあないのか?」
おっさんは意外だった。てっきり、大阪の子だと思ったからだ。
「ああ・・・、言わば地元の子だ。」
「で、でも、その大阪から来た爺さんが連れてきたんだろ?」
「それはそうなんだが・・・。」
兼田は、それ以上は触れてこなかった。
「おっ! もう、そろそろ行かなくっちゃ・・・。」
兼田は腕時計を見てそう言ってくる。
店に出る途中だったからだろう。
「ああ・・・、じゃあ、気を付けて・・・。」
小池のおっさん、もう少し話をしたかったが、そうも行かないと思ったのだろう。
そう言って、軽く片手を挙げる。そして、兼田を見送った。
(へ、へえ~・・・、そ、そんな経緯があったのか・・・。)
おっさん、またまたあの角田の爺さんの影に出会って衝撃を受ける。
いや、不気味ささえ感じる。
兼田が店で倒れたのは先々月だ。
それから1週間ほどしたときに、その子を爺さんが連れてきたらしい。
て、ことはだ。もう3ヶ月も前に、あの爺さんはこの商店街に来ていたと言うことになる。
もちろん、その時点から、ここに店を構えるつもりだったのかどうかは分からない。
それでもだ、兼田の店が奥さんひとりで困っているのを知っていてのことのようだ。
大阪にいた爺さん、どうして、この商店街のあの店が困っていると知ったのだろう?
まさか、新聞で読んでってことじゃあない筈だ。
そんな大事件じゃない。
それにだ。その子も、どうやらこの地元の子のようだ。
大阪にいた爺さんが、どうしてその子を知っていたのか?
考えれば考えるほど、まさに訳が分からないことばかりである。
(つづく)