第1章 爺さんの店は何屋さん? (その23)
「そ、それに、ここって、以前のままですしねぇ・・・。
造り付けの書棚がこれだけあったりで・・・。」
妹さんがガランとした店内を見渡すようにして言ってくる。
「あああ・・・、な、なるほど、そうですよねぇ・・・。これだと、まさに本屋さんぐらいでしょうね、出来るのは・・・。」
小池のおっさんも同じように店内を見渡して頷く。
「それに、私達もこの空間に愛着があって・・・。
この棚を一杯に埋めた本に見送られるようにして学校へ通ったものですからね。
ですから、店は閉めて本は無くなったんですが、この棚を取り壊す気にはどうしてもなれなくって・・・。」
「ああ、そのお気持は分かるような気がします。」
「ですからね、ここをこのままでお使い頂けるのでしたら、お貸ししても良いかと・・・。
でも、それだと、本屋さんになってしまうのでしょうけれど・・・。」
「う、う~ん・・・、ど、どうなのでしょう?」
もちろん、おっさん、それに答えられる筈はない。
まさか、あの爺さんがここで本屋を開くとは思えない。
今時、こうした商店街で本を買う客は殆どいない。大資本による大型書店に客足が取られている。
おまけに、活字離れ、読書離れの時代だ。出版業界そのものの衰退さえ指摘されている昨今である。
とても、採算は合わないだろう。
「そうだと良いのですがねぇ・・・。」
おっさん、自分の思いとは別に、そう言う。
店を閉めたこの老姉妹、今は多分年金で生活しているのだろう。
仮に他よりは安い賃料だとしても、それが得られれば生活の足しにはなる。
そう思うからこその言葉である。
「ま、一度お話をゆっくりとお聞きしてからということに・・・。」
「そ、そうですね。良いお話だと良いのですが・・・。
じゃあ・・・。」
おっさん、それで店を出る。
(ほ、本当に、とんでもない爺さんだなぁ~・・・。)
おっさん、改めて舌を巻く思いがする。
そう、あの“がきだな”という茶店の店主、角田という爺さんのことである。
飄々とした爺さんである。
実年齢より老けて見える。
その容姿・風貌からだけで言えば、商売人というよりも学校の先生っぽい。
そう、元は小学校の校長先生だったと言われればピッタリ来る。
それなのにだ。
あの爺さん、半月も前にこの商店街を自分の足で歩き、そして、町村氏を通じて今の元本屋を借りたいとまで言っているようだ。
あの茶店だけでも「ちゃんと営業していけるのか?」と思うのに、そんなに手を広げようとしているなんて・・・。
一体、どういうつもりなんだろう?
「おい、小池さん、何をそんなに難しい顔をしてるんだ?」
おっさんに声が掛かる。
「あん? だ、だれ?」
おっさん、振り返る。
「おう、兼田さん、もう大丈夫なの?」
おっさん、その声の主にそう切り返す。
「おう、お陰さまでな・・・。今週から店に立ってる。」
「どれぐらい入院してたんだっけ?」
「2ヶ月と10日だ。」
「そ、そっか・・・、大変だったなぁ~。」
「大変だったのはかみさんだ。俺は、ただ病院のベッドで寝ていただけで・・・。」
「・・・・・・。」
この兼田という男。ここから少し離れたところでラーメン屋をやっている。
ところが、先々月、その店の営業中に倒れたのだった。
で、救急車で病院に運ばれていた。
(つづく)