第1章 爺さんの店は何屋さん? (その1)
ある朝、引越し屋のトラックがやって来た。
小型のトラックである。
店の前に停まった。
トラックからふたりの作業員が降りてくる。
早速に荷物の搬入を始めるようだ。
店のシャッターは開いていて、中から爺さんが出てきた。
「ああ、ご苦労様。
荷物はここから入れてください。リビングソファ以外は、全部2階へお願いします。」
爺さんの言葉に、若い作業員は「分かりました」とハキハキと答える。
どうやら単身で住むらしい。
引越しはものの40分ほどで終わった。
そして、運送屋のトラックは軽々と去って行った。
そのトラックを見送った爺さん、店の中に入ったかと思うと、すぐにシャッターを下ろした。
これから、2階の居室の片づけでもするのだろう。
その日の昼前、そう商店街の店がすべて開いた時間帯である。
ようやく爺さんが店から出てくる。
昼飯でも食べに行くつもりなのか、商店街に軒を連ねるとある蕎麦屋に入って行った。
そして、5分もしないうちに出てきた。
どうやら、食事をしたのではないらしい。
で、その足でまた商店街の中を行く。
先ほどの蕎麦屋から50メートルほど行ったところで、そこにあったビルに入って行く。
表には、「駅前東商店会事務所」とあった。
どうやら、そこを訪ねてきたようだった。
「すみません。」
爺さんが奥へと声を掛ける。
衝立の向こうから、50歳ぐらいの男が顔を出してくる。
「な、何か?」
「あ、はい、はじめまして。私、正栄ビルの角の店に引っ越してきました角田嘉一と申します。ご挨拶に伺いました。」
「あああ・・・、それはそれは・・・。わざわざご丁寧なことで・・・。」
応対に出てきたおっさんも、その名前だけは知っていたようだ。
慌てて、カウンターのところまでやってくる。
「生憎、会長は不在でして・・・。私は専務理事の小池と申します。」
おっさん、懐から名刺入れを取り出してきて、その中の1枚を爺さんに差し出した。
「ああ・・・、これはご丁寧にありがとうございます。私、まだ名刺も出来ておりませんで・・・。」
爺さんは、自分の名刺を出せないことをそう言い訳する。
「ま、中へどうぞ。」
専務理事と名乗ったおっさんが爺さんを事務所の中へと招き入れる。
「ええっと・・・、家主さんからの連絡によると、角田さんはあそこを事務所としてお使いになると聞いておるんですが・・・。」
おっさん、何やら書類を引っ張り出してきて言う。
「う、う~ん・・・、ま、まあ、そのようなものでしょうか・・・。」
爺さんも歯切れが悪い。
「何の事務所なんです? 税理士さんとか?」
「いえいえ、そんな大層なものではなくって・・・。ま、昔流に申せば、寄り合い所のようなことでして・・・。」
「よ、寄り合い所? と、申しますと?」
おっさんは首を傾げた。
「それこそ、その名前の通りでして・・・。」
「ん? そ、そこで、どんなお商売を?」
「う~ん・・・、商売というものではなくって・・・。」
「はあ? と、言う事は?」
おっさんは、爺さんの言っていることがもうひとつ分からないらしい。
難しそうな顔をしてみせる。
「あそこで、商売をするのではないってことでして・・・。」
爺さんは、そう言って頭に手をやった。
どう説明しようとか考えているようだった。
(つづく)