第1章 爺さんの店は何屋さん? (その18)
だからなのだ。商店会の理事会でも、常に話題は「商店街の活性化」である。
それ以外のテーマは、ここ久しく聞いていない。
で、最後は「何とかならんもんか?」「何とかしたいんだが・・・」で終わる。
それが、商店街の現状を物語っている。
著名な資産家で知られる町村氏。
この「駅前東商店会」でも会長職に押す声が強いのだが、当の本人はまったく受けては呉れない。
ま、本人が語るように、「うちのビルは、この商店街だけじゃないんで・・・」という理由も分からないではないが、かと言って、ここ以外の団体の役を引き受けているようでもない。
つまりは、そうした任意団体の活動にはあまり関与したくないらしい。
その町村氏があの爺さんを三顧の礼で迎えたと、会長は言うのだ。
その理由が「街の活性化」であるらしいのだが、小池のおっさんの印象では、とてもそれには繋がらないような気がしてならない。
どうしてそこまであの店に拘るのかがまったく理解できない。
どうやら、あの爺さんがやろうとしている店は、それこそ「茶店」らしきもののようだ。
粗茶に菓子を出すと書いてある。
どうしてタダ、つまりは無料でそうしたものを提供するのかは皆目分からないが、タダだからと言って、そんなに客が集まることもないだろう。
せいぜい、開店してから1週間ぐらいだ、客が集まるのは。
それも、単なる興味本位の客だけで・・・。
それなのに、町村氏は、そんな爺さんをわざわざ迎えたのだと言う。
その理由がまったく分からない。
で、その次の店に入る。今度は、宅配ピザ屋だ。そう、全国チェーンのひとつである。
「毎度! 店長居る?」
おっさん、店の中へと入って、そこにいた若いスタッフにそう訊く。
客と間違われるのが嫌だからだ。
「ああ・・・、店長!!!」
若いスタッフが大きな声で奥へと声を掛ける。
「な、何だ! そんなに大きな声を出して・・・。」
そう言って出てきたのは、この店のオーナー、高橋光明だった。
去年までは、クリーニング店の店長である。
それを今年になって宅配ピザ屋に衣替えをしたのだ。
いずれも、全国チェーン店のフランチャイズ店なのだが・・・。
「おっ! 小池さん・・・。たまには、俺んちのピザ食ってくれよ。」
高橋は、冗談とも本音とも取れる顔で言ってくる。
「う~ん・・・、また、機会があったらな・・・。ところで・・・。」
小池のおっさん、意識して話題を変えようとする。
おっさん、ピザは好きではないからだ。
以前のクリーニング店の時には何度か使ったが、ピザ屋になってからは一度も注文していない。
「ん? 何だ? これ?」
高橋は、おっさんが手渡したポチ袋を見て問う。
「いやな、空いていた正栄ビルの角に新しい店が出来たんで、その引越し挨拶だ。」
小池のおっさんはそう説明をする。
「ん? 新しい店って・・・。ひょっとしたら、白髪の爺さん?」
「おお、そうだが・・・。し、知ってるのか?」
驚いたのは、小池のおっさんの方だった。まさか、そんな話が出て来ようとは・・・。
「う~ん、知ってるってことじゃあないんだが・・・。先々週だったかなぁ、この商店街で店をやろうかと思ってるんでという爺さんが訪ねてきたんだ。」
「ええっ! こ、ここにか?」
「ああ・・・。」
「ど、どうして?」
「そんなこと知るか。爺さんに聞いてくれ。ただな・・・。」
「んん? ただ?」
「商店街の地図を持っててな・・・。ここはクリーニング店じゃあなかったのかって・・・。」
「そ、それで?」
「去年まではそうだったんだが、儲からないので、宅配ピザ屋に鞍替えしたんだって説明した。」
「そ、それだけ?」
「ああ、それだけだ。」
「・・・・・・。」
確かに、大した話ではない。それでも、小池のおっさんにしたら、それは衝撃だった。
先々週というから、もう半月も前。
あの角田という爺さんは、既にこの商店街を自分の足で歩いていたのだ。
(つづく)